「ほしい」と言えた夜――尽くす僕が、遠慮を手放すまで

前に「女の子にひどいことができない僕が、それでもドムでいられる理由」という話を書きました。
僕はもともと尽くす側で、相手を傷つけるのが怖い人間です。

でも、ずっと尽くしてばかりだと、ある時ふっと、それ以上は進めなくなる瞬間が来ます。
今日は、その僕が、自分から「ほしい」と求められるようになった夜の話を書きます。
これは、尽くす側の人間にとっては、けっこう大きな一歩でした。

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尽くす側には、見えない天井がある

尽くすのは、僕にとって自然なことです。
好きな人が喜ぶ顔を見られれば、それで十分うれしい。

ひとつ誤解されたくないので書いておくと、これは嫌われたくなくてご機嫌をうかがう、というのとは違います。
下手に出ているわけでも、立場が下なわけでもない。ただ、相手を喜ばせたいからそうしている。
導く側でいることと、相手を大事に扱うこと。この二つは、僕の中ではちゃんと両立しています。

でも、その「尽くす」には、見えない天井がありました。
相手を怖がらせたくない。痛い思いをさせたくない。傷つけるのが、とにかく怖い。
だから、もう一歩踏み込めばもっと喜んでもらえるかもしれない場面でも、僕はいつも自分でブレーキを踏んでいました。

やっかいなのは、相手のほうが「もっと」を望んでいる時です。
こっちが遠慮しているつもりでも、相手から見たら、それはただのすれ違いになる。
優しさのつもりの遠慮が、相手の求めに応えられていない。
そういうことが、たぶん起きていました。

きっかけは、彼女の「こうしてほしい」だった

最初の一歩を後押ししてくれたのは、彼女の言葉でした。

「こうしてほしい」「もっとこうされたい」。
プレイの中で、あるいはその前後で、彼女が自分の希望を口にしてくれる。お互い、思っていることを言い合う。
これは、命令されて従う、という話ではありません。
彼女が望みを教えてくれるから、僕は安心して舵を切れる。どう応えるかを決めるのは、あくまで僕のほうです。

望まれているなら、その気持ちにちゃんと応えたい。
それが遠慮よりほんの少しだけ強くなった時、僕はようやく一歩を踏み出せました。

最初は、ほんの少しだけ

とはいえ、いきなり大胆になれたわけではありません。

最初は、本当にほんの少しだけ。
優しく試してみて、彼女の反応を見る。言葉でも確かめる。大丈夫そうなら、次はもう少し。
そうやって回数を重ねながら、徐々に強くしたり、新しいことを試したりしていきました。

一足飛びに大胆になろうとしたら、たぶん僕は怖くて固まっていました。
でも、小さな一歩を何度も刻んでいくうちに、あの分厚かった遠慮の壁が、少しずつ崩れていった。
気づけば、自分でも驚くくらい踏み込めるようになっていたんです。

このやり方は、僕らが最初の頃からずっと続けてきたものでもあります(「僕らがSMを始めたきっかけ」にも書きました)。

罪悪感は、彼女の正直さが溶かしてくれた

それでも最初のうちは、罪悪感がありました。
やりすぎたかな。嫌がらせてしまったんじゃないか。
踏み込んだ後で、ひとり不安になる。

その不安を溶かしてくれたのは、彼女の正直さでした。
彼女が心から喜んでいる姿。終わったあとに「よかったよ」と言ってくれること。
それが積み重なって、ネガティブな気持ちは少しずつ薄れていきました。

そして、これがいちばん大事なところなのですが。彼女は、やりすぎた時や強すぎた時には、ちゃんと「今のは強すぎる」「それはやっぱり嫌だった」と正直に伝えてくれます。
何でもかんでも受け入れてくれるわけじゃない。嫌なものは嫌だと言ってくれる。

これが、どれだけ僕を安心させたか。
もし彼女が全部黙って受け入れる人だったら、僕は怖くて、たぶん一生踏み込めなかったと思います。
「嫌なら止めてくれる」という信頼があるからこそ、安心して攻められる。
この感覚は、僕らがセーフワードを決めた時に得たものと、まったく同じでした(その夜の話は「セーフワードを覚えた夜」、具体的な決め方と候補は「セーフワードの候補と決め方」に書いています)。

「遠慮なく求めてくれるのも嬉しい」と、彼女は言った

ある夜、彼女がぽつりと言いました。
「尽くしてくれるのも好きだけど、たまには遠慮なく求めてくれるほうが、すごく嬉しい」。

これは、尽くす側だった僕には、ちょっとした発見でした。

与えることだけが優しさだと、ずっと思っていたんです。
でも違った。
僕が遠慮を手放して、自分からほしがる。受け取る。
その姿そのものを、彼女は贈り物として受け取っていた。
もらうことが、そのまま与えることになる。
与える側だとばかり思っていた僕には、これは意外な気づきでした(尽くすことと支配が地続きだという話は「サービス・ドムとは」にも書きました)。
反対に、彼女のほうから先に差し出してきた夜のことは「ありがとう、と言う人」に書いています。ちょうど鏡のような話です。

もちろん、これは暴走していいという話ではありません。
段階を踏むこと。そして、相手が正直に「嫌」と言える関係であること。
ひとつ補っておくと、相手が嫌と言わないのは「いい」という意味ではありません。
だから僕は「嫌なら必ず止めてと言ってね」と先に伝えておきます。
踏み込む勇気と、引く判断はいつもセットです(一度試したプレイを「やめよう」と決めた話は「引き算のSM」に書きました)。

もしあなたが、尽くす側で踏み込めずにいるなら

最後に、僕と同じように「相手を傷つけるのが怖くて、自分本位になれない」人へ。

その優しさは、とても大事なものです。手放さなくていい。
でも、もし相手が「もっと」を望んでいるなら、遠慮し続けることだけが優しさとは限りません。

相手の正直な声を確かめながら、小さな一歩を刻んでいく。
そうやって少しずつ、自分から「ほしい」と求めてみる。
それはきっと、あなたにとっても、相手にとっても、新しい贈り物になります。

この記事を書いた人

「女の子にひどいことなんてできない」——そう思っていた僕が、彼女とSM・D/sを学んできた記録。合意と安全のことを、等身大で綴っています。

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