今日は、僕らが「セーフワード」を自分たちのものにしていった夜の話をします。
最初に正直に書いておくと、これを切り出すのは地味に気恥ずかしいことでした。
盛り上がっている関係の中で急に「安全のルールを決めよう」なんて専門的な話を持ち出すのは、なんだか妙に照れる。
だから僕はずっと先延ばしにしていました。
なんでもない時には、切り出せなかった
セーフワードが大事だということは調べて知っていました。
導く側として、本当は最初に決めておくべきものだということも。
でも、リビングでお茶を飲んでいる時に「ところでセーフワードなんだけど」と切り出す自分が、どうしても想像できなかった。
テスト範囲を読み上げるみたいで、空気が変な感じになりそうで。
結局それを口にできたのは、なんでもない時間ではなくプレイの流れの中でした。
「夢中になる前に」決めた約束
その夜は彼女のほうから「もっと」を求めてくる流れでした。
少しずつプレイの強さが増していく時期だったんです。
でも、強くしていくほど僕には境目が見えなくなる。
彼女が「まだ大丈夫」なのか「もう嫌」なのか、外からは見分けがつかない。
そして夢中になっている時って、彼女のほうもとっさに「今のは違う」と言葉にするのが案外むずかしい。
盛り上がっているのか無理をしているのか。そこを僕の勘だけで進めるのは、よく考えたら怖いことでした。
だから僕は、いったん手を止めて言いました。
「もっとする前に、ひとつだけ決めさせて。調べたんだけど、セーフワードっていう考え方があってね」
そして、その場で取り決めをしました。
- 緑・黄・赤の三色で、今の状態を教えてもらう(緑は「もっと来て」、黄は「ペースを落として」、赤は「すぐ止めて」)
- うまく言葉が出てこない時は、僕の体や布団を軽く叩く。声の代わりになる合図
「この約束をしてから始めるね」。
そう伝えてから先へ進みました。
彼女の反応は「ふーん」だった
身構えていた割に、彼女の反応はあっさりしたものでした。
「なるほど」「ふーん」くらいの温度。
でも、今思えばこれで良かったんです。
大げさな儀式にしてしまうとかえって構えてしまう。
安全の約束は、特別なイベントじゃなくて歯みがきみたいに当たり前の手順であってほしい。
淡々と決まったのは、むしろ理想的でした。
練習として、合図を一度出してみた
決めただけで使えるようにはなりません。
だから、軽いところから試しました。
「これくらいならまだ緑?」
そう声をかけながら、彼女の感覚と言葉をひとつずつ結びつけていきました。
もっとしてほしかったら緑、ペースを落としてほしかったら黄色。
しばらくして彼女のほうから「緑」と返してくれた時、僕はそこをしっかり褒めました。
「そう、それでいい。上手に言えたね」
すると面白いもので、「ちゃんと言えると褒めてもらえる」と分かった彼女は、合図そのものを積極的に覚えていったんです。
褒められるのが嬉しいから、安全の手順がいつのまにか自分のものになっていく。
注意して覚えさせるよりずっと健やかな回路だと思いました。
この「褒めたら定着した」という小さな発見は、あとあとまで僕らのやり方の土台になりました。
決めてから、むしろ僕のほうが楽になった
セーフワードは「ブレーキ」だから決めると窮屈になる。最初はそんなふうに誤解していました。実際は逆でした。
本当にきつい時は、彼女がちゃんと止めてくれる。
物足りない時は「もっと」と言ってくれる。
つまり僕は、手探りで彼女の限界を探らなくてよくなった。
勘で進めて怖がるのではなく、安心して一歩を踏み出せるようになったんです。
(この「安全を先に置く」という習慣が、後に僕らがあるプレイを「やらない」と決める判断にもつながりました。その話は「引き算のSM――僕らが首絞めをやめた話」に書いています。)
今はもう、決まった言葉すら要らない
正直に書くと、僕らは今「赤」とか「緑」とかをそのまま口に出すことはほとんどありません。
でも、それでいいんだと思っています。
「本当にやばい時はあの合図を出す」という約束が、二人の背骨に通っているから。
概念を共有しているからこそ、決まった言葉じゃなくても「今ちょっときついかも」「もっとして」と、自然に言い合えるようになった。
セーフワードは、最終的に二人の間に「言葉」を残すものではなくて、「いつでも止められる」という安心を残すものなんだと思います。
その安心の上でしか、本当に委ねることはできない。
あの気恥ずかしかった夜に、先延ばしをやめて切り出して、本当に良かった。
セーフワードの具体的な決め方・呼び方の工夫・言葉の候補は、ガイド記事「セーフワードの決め方と候補――「合図」と呼べば、気恥ずかしくない」に、切り出し方の実例までまとめています。
今夜じゃなくていいので、次の機会の前にぜひ。

