SMの上達って、どう測ればいいんでしょう。
新しいプレイを覚えること。
前より激しい強度に踏み込めるようになること。
たぶん多くの人が、なんとなくこのあたりを思い浮かべます。
これはまったくの間違いではありません。
ただ、上達の見方はもうひとつあって、ふたりで続けていくなら後者のほうがずっと頼りになる――今日はその話をします。
ふたつの軸を、こう呼んでみます。
ピーク(強度の高さ)と、プラトー(同じ場所の解像度)。
※「プラトー」という言葉は本来、別の意味でも使われますが、この記事では「同じ強度に留まりながら、解像度を上げていく層」という意味で使います。
ピークを追う物差し
ひとつ目は、強度を縦軸にして山を高くしていくイメージです。
回を重ねるごとに、もっと激しく、もっと深く、まだ知らないほうへ。
昨夜できなかったことが今夜できると、確かに前進した気がする。
ふたりが始めた頃は、たぶんこの見方だけが見えています。僕らもそうでした。
この尺度が効くのは、最初のしばらくのあいだです。
何しろ未経験のことばかりだから、新しいプレイを試すたびに視界がひらける。
合意と安全の範囲で強度を上げることが、そのまま体験の深さに直結する時期があります。
ただ、この物差しはある時点から効きが鈍くなるんです。
山の頂上に近づくほど、次のひと目盛りが重くなる。
そして頂上の先には、合意と安全の境目があります。
強度はどこかで必ず天井にぶつかる。
このときに上達=ピーク追いだけだと思っていると、ふたりは方向を見失います。
登るのをやめると停滞に見える。でも登り続けるといつか踏み外す。
出口のない一本道に入ってしまうんです。
プラトーに留まる物差し
もうひとつの見方は、強度のグラフを横にして読むものです。
似た強度、似た構成のプレイ。
山のてっぺんを目指さず、高原(プラトー)に留まる。
ピーク追いの目から見ると、ここは停滞に見えます。
同じことを繰り返しているだけだから。
でも、内側で起きていることは、まったく違います。
以前同じ行為でも、向き合い方ひとつで意味は反転すると書いたけれど、行為の表面が変わらなくても、そこに流れているものが変わると、夜の手応えはまるきり別物になります。
プラトー上達は、強度ではなく解像度を上げていく軸です。
攻める側の観察力、受ける側の伝える言葉、ふたりの呼吸の合わせ方――強度を縦に積むのではなく、同じ高さの上で横方向に細やかさが増えていく。
ピーク追いでは届かない種類の深さが、ここにあります。
ピークとプラトーを並べてみると
ふたつの物差しを並べると、こんなふうに見えます。
ピーク追いの線は、回を重ねるたびにギザギザと高さを更新していく。
けれどそのうち、合意と安全の天井にぶつかる。
プラトー留まりの線は、早めに自分たちの居心地のいい高さに着地して、そこから横方向に細かな観察の点を増やしていく。
数字に表れる成長は前者のほうがにぎやかです。
夜の手応えが長く続くのは、たぶん後者のほうです。
どっちが正解、ではない
念のために付け加えると、これは「プラトーが上、ピークが下」という話ではありません。
合意と安全の範囲でのピーク追いの時期は、必要なものです。
あの時期がなければ、自分たちが何を好きで何を苦手と感じるか、解像度のもとになる手触りは増えていきません。
ただ、ピーク追いを一生の指針にすると、関係はどこかで疲れてしまいます。
強度には天井があるけれど、解像度はいつまでも伸ばせるからです。
僕らがいま大事にしているのは、「強くしたい」と思った夜と、「同じ場所でもっと細かく」と思った夜の、どちらも選べることでした。
新しいことを試す夜があっていい。
同じことを丁寧に繰り返す夜があっていい。
痛みや無理を、ちゃんと言える土台があれば、両方の夜が成り立ちます。
ふたりの物差しを持つ
「他のカップルはもっと激しいことをしている」と感じたとき、たいていピークの物差しだけで測っています。
そういうときは、プラトーの目盛りを並べてみてください。
- 同じ動作でも、前より早く相手の変化に気づけるか
- 夜のあと、相手と自分のことを前よりよく覚えているか
- うまくいかなかった夜を、ちゃんと言葉にできるようになっているか
このどれかにイエスがあるなら、ふたりは確かに上達しています。
ピークの高さでは測れない上達が、すでに起きている。
D/sの濃度に正解がないのと同じで、上達の測り方にも正解はありません。
あるのは、ふたりの目盛りだけです。
弧として振り返ったときに見えてくるのも、結局はここでした。
まとめ
- SMにはピークとプラトー、ふたつの上達の見方がある
- 強度には天井がある。けれど解像度は、ずっと伸ばせる
- 他のカップルではなく、ふたりの目盛りで測る
新しい夜を求めるばかりだった頃の僕は、強度を半目盛り上げることに必死でした。
いま夜のあとに思い出すのは、強度ではなく、相手の表情がいつもより少し早く読めたこと、たったそれだけだったりします。
着地点は、ピークの高さじゃなかった――いまはそう思います。

