リードを引いて、家を歩いた夜――いつもの部屋が、ホテルみたいに見えた

前に「首輪をつけた夜――いつもの二人が、少し「役割」に変わった」という話を書きました。
あの夜、彼女に首輪をつけた瞬間に、何かが変わった。そういう話でした。

今日はその続きを書きます。
首輪をつけたあと、リードを引いて、家の中を歩いた話です。

目次

「今日はソファでしてみない?」

僕らはいつも、寝室でしています。
ベッドがあるから当然なんだけど、振り返ってみると「他の場所でする」ということ自体、ほとんど考えてこなかったな、と今になって思います。

その日、何の気なしに僕は言いました。
「今日はソファでしてみない?」

特別なアイデアがあったわけじゃない。
首輪をつけている流れで、ふと「寝室から出てみようか」と思っただけです。

リードの端を持って、彼女と一緒にリビングへ向かいました。
ほんの数歩の移動です。物理的にはたいした距離じゃない。
でも、その数歩が、思っていたよりずっと意味を持っていました。

横に並ぶのでなく、引いて連れて行く

僕らは普段、二人で部屋を移動する時、横に並んで歩きます。
足並みを揃えて、なんとなく相手のペースに合わせて。それが自然です。

でもその夜は違いました。
僕がリードを持って前を歩いて、彼女がそれに付いてくる。
ただの並び順の違い、と言ってしまえばそれまで。でも、この感覚がいつもと全然違ったんです。

うまく言えないんだけど、「自分が誘導している」という手応えがありました。
普段は二人で何かを決めて、二人でそこへ向かう。
でもこの数歩は、僕が決めて、僕が先に立っている。彼女はそれに従っている。

もちろん、その夜の役割についてはあらかじめ合意があった上での話です。
普段の僕らは、決め事も歩く速度も二人で揃える側。
だからこそ、この数歩は普段とのコントラストが鮮やかでした。

リードの先に確かに彼女がいる、という感触が、手にずっと残っていました。
首輪が「始まりの合図」だったなら、リードを引いて歩くことは、その合図を空間に持ち出す最初の一歩でした。
(主導権を渡してもらう感覚そのものについては「パワーエクスチェンジとは」に書きました)

「散歩しよっか」と、洗面所まで足を延ばした

リビングのソファに着いたあと、僕はもうひとつ思いつきました。
「ついでに、家の中を散歩しよっか」。

これも特に深い意図はなくて、なんとなくの提案です。
でも口にしてみたら、自分でも少し楽しい気分になっていました。

そのまま、洗面所まで足を延ばしました。
うちの洗面所には洗面台の鏡があります。普段は朝に顔を洗って、夜に歯を磨くだけの場所です。
でもその夜だけは、その場所が、急に違う部屋に見えました。

寝室には、大きい鏡がない

なぜそう見えたかは、あとから考えると単純な話です。
寝室には、大きい鏡がない。

うちのベッドの脇には、姿見もないし、天井に鏡が貼ってあるわけでもない。
でも、ラブホテルにはたいてい、大きな鏡が置いてあります。洗面台もちゃんとある。
お風呂で一緒に過ごせるような造りもしている。
ああいう「非日常のための部屋」が、世の中にはちゃんとあるんですよね。

その夜、洗面所の鏡の前に立った時、頭に浮かんだのは「ラブホテルみたいだな」ということでした。
自分の家の、いつもの洗面所のはずなのに。
特別な部屋を借りに行かなくても、家の中で、ちょっとした非日常を再現できる。
そんな小さな発見が、二人の気分をぐっと持ち上げてくれました。

鏡を見られない彼女と、見せたかった僕

鏡の前に立った時、彼女は鏡を見ませんでした。
その夜だけは、自分の姿を見るのが恥ずかしいみたいで、俯いていたんです。

正直に書くと、その姿を見て、いつもの優しい気持ちとは別のスイッチが入りました。
「見られない」「恥ずかしい」と思っているところに、もう少しだけ触れてみたくなったんです。

「鏡に、可愛い姿が映ってるよ」。
僕はそんなことを言ってみました。
ちょっとからかうような、ちょっと恥ずかしがらせるような、そういう言葉です。
強く嫌がる素振りがあれば、すぐ引くつもりでした。
観察して、引いて、また少し触れる――この距離感の調整がたぶん、役割の時間でいちばん大事な部分です。

普段の僕はあんまり言わないタイプです。
気の利いた口説き文句なんて引き出しにないし、照れて言えない方が多い。
でもその夜は、リードを持って、いつもとは違う場所に立っていたからか、自然に出てきました。
場所が変わると、出てくる言葉も変わる。これは新鮮な発見でした。

優しく褒めながら導く、というやり方そのものは僕の地でもあります(その背景は「優しく褒めて支配する」に書きました)。
ただ、それを「鏡の前で、リードを持って」やってみると、同じ言葉でも、効き方がぜんぜん違うんです。

道具を増やす前に、できることがある

その夜から、ひとつ気づいたことがあります。

役割の時間を深めたい時、つい「次の道具を買おうか」と考えがちです。
新しいおもちゃ、新しいアイテム。それも悪くない。
でもその前に、家の中の場所を、もう一度見直してみるという選択肢があります。

寝室から出るだけで、いつもの行為がぜんぶ違って見える。
リードを持って数歩歩くだけで、二人の並び順が変わる。
洗面所の鏡の前に立つだけで、普段とは違う部屋みたいな気分になれる。

道具をひとつも増やさずに、こんなにいろんな表情が出てくる。
僕らの場合、それを教えてくれたのが、首輪のあとの最初の「散歩」でした。
首輪というやわらかい境界線(その意味は「首輪の意味」に書きました)を引いたあと、その境界の中身は、僕らが自分で決めていける。


首輪とリードを使うときの最低限

– リードは「引っ張る」のでなく「方向を示す」道具として持つ。首に体重をかけない/急に引かない。

– 首輪は指1〜2本が入る余裕で。詰めすぎない。

– 歩く速度は相手のペースが先。前を歩くのは「並び順の演出」であって、相手を引きずる行為ではない。

– 違和感・息苦しさが出たら即やめる。声や合図ですぐ止められる準備を(合図の決め方は「セーフワードの決め方と候補」に書きました)。


家の中を歩いた、それだけの夜の話です。
派手なプレイがあったわけでもなく、新しい道具を試したわけでもない。

でも、僕らの夜は、その日から少しだけ間取りを得ました。
ベッドの上だけが舞台じゃない。家の中ぜんぶが、二人の遊び場になりうる。
そういう感覚を、リード一本が教えてくれます(僕らが何から始めて、どうやって少しずつ広げてきたかは「僕らがSMを始めたきっかけ」にまとめました)。

この記事を書いた人

「女の子にひどいことなんてできない」——そう思っていた僕が、彼女とSM・D/sを学んできた記録。合意と安全のことを、等身大で綴っています。

目次