ふたりで暮らし始めた頃、僕はちょっと焦っていました。
正確に書くと――「最近してないね」がふたりの間に流れる時間が、少し怖かった。
同棲する前、付き合いたての頃には、こういう感覚はあまりなかった気がします。
次に会えるのが週末で、その間ふたりとも勝手に期待を貯めていたから。
ところが一緒に住み始めると、いつでも会える、いつでも触れられる、なのに回数は減っていく。
そういう、不思議な現象が、確かに起きました。
このことは「いつでもできるがマンネリを生む」のほうで、僕は仕組みとしてまとめました。
ただ今日書きたいのは、仕組みの話ではなくて、そのときに僕がどう感じていたか、どう考え方が変わっていったか――そういう個人の物語のほうです。
「最近してないね」が、不安だった
僕が焦っていたのは、たぶん、「足りていない」気がしていたからです。
カップルなら、もっと頻繁にしているはずだ。
盛り上がっているふたりは、もっと回数を重ねているはずだ。
そういう、根拠のない物差しを、僕は無意識のうちに持っていました。
それと比べると、僕らはずいぶん「ふつう」に見えました。
彼女が忙しい時期は、平日はほとんどない。
体調の波があるときは、自然に間が空く。
「最近してないね」が、ふたりの間にぽつりと落ちる。
理屈では、これが悪いことじゃないと分かっていたつもりでした。
でも、心のどこかで、何かが足りていない気分が消えなかったんです。
「自分の魅力が足りないのか」「彼女は満足してないんじゃないか」――そういう心配の影が、ちらちらしていました。
久しぶりの夜が、明らかに濃かった
転機は、特別な事件じゃなくて、ただのある夜でした。
何日か――正確には覚えてないけど、しばらく――間が空いたあとの夜。
ふたりで自然に近づいて、いつものように触れて、いつものように始まりました。
ところが、その夜は明らかに違ったんです。
身体の反応も、気持ちの高まりも、終わったあとの余韻も――
「久しぶり」というだけの理由で、ぜんぶが濃かった。
僕は終わったあと、彼女と抱き合いながら、ちょっと笑ってしまいました。
「あれ、これって、間が空いたから濃かったんじゃない?」と。
彼女もうなずいて、「そうかも」と返してくれた。
それまで「足りていない」と思っていた時間が、ふっと「準備期間」に見えてきた瞬間でした。
「お休み」を、敵にしないという選択
そこからは、考え方が変わりました。
自然に間が空く時期――彼女が忙しい週、体調の波、生活のリズムの中で生まれる「できない時間」――を、マイナスとして数えるのをやめたんです。
むしろ、それをスパイスとして受け取れるようになった。
これは小さな話に見えるかもしれません。
でも、僕らの夜の質は、ここでひとつ階段を変わった気がします。
「最近してないね」が来ても、もう焦らない。
「ああ、しばらく充電するんだな」と、ちょっと楽しみに思えるようになった。
あいだの何日かに、ふたりの『次』がそっと熟していく――そういう感覚を、知ってしまったから。
ひとつだけ、念のために書いておきます。
これは「相手が拒否しているのに、勝手にスパイス扱いして自分を納得させる」話ではありません。
彼女のほうから「今は無理」「大丈夫、休もう」が言える関係が先にあって、それを僕も信じられるから、安心して「じゃあ次が楽しみだね」と思える――そういう順番です。
ふたりで話してもみました。
「いつでもできる状態がずっと続いたら、たぶん飽きるよね」と。
ふたりとも同意でした。
制限がふたりを縛るのではなくて、制限がふたりに楽しさを残してくれている――そういう読み替えを、ふたりで共有できたんです。
こういう会話ができるようになるまでには、もちろんふだんから性について話せる関係を地味に積んできた前提があります。
週末と平日――コントラストが立体にしてくれた
もうひとつ、僕らの中で育ったものがあります。
「週末と平日では、夜の中身が違っていい」という感覚です。
うちの場合、平日はふたりとも生活モードに気持ちが寄っているので、夜は基本的にお休みです。
ただ、平日に早めに帰れた日には、軽く触れあって過ごすこともあります。
派手なプレイじゃなく、愛を確かめ合うような、優しい時間。
D/sの濃さも、その夜のふたりが決めるというのは、こういう日にも当てはまる話です。
週末は週末で、ちょっと違う時間になります。
時間にも気持ちにも余裕があるので、もう少し深く、もう少し本気で、役割を持って遊ぶ。
首輪を出すのも、誘い方を組み立てるのも、たいてい週末です。
平日の「優しい時間」と、週末の「深い時間」。
このふたつが両方あることで、僕らの夜は、平らじゃなく、立体になっている気がします。
全部が深い夜だったら、たぶん続かない。
全部が軽い夜だったら、たぶん物足りない。
強弱があるから、続けていける――そう思うようになりました。
「無理」が言いやすくなった
「お休み」を肯定できるようになってから、もうひとつ、地味な変化がありました。
彼女から「今日はちょっと無理」と言ってもらえたとき、以前なら少し残念がっていたところが、今は「OK、じゃあ今夜はゆっくりしよう」と、本心からそう思える。
「お休み」が前提に入ってる関係だと、「今日は無理」が言いやすくなるんです。
これは夜の中だけで完結する話じゃなく、日常の積み重ねの一部でもあります。
普段から相手の状態を見て、無理させないでいる人だから、夜も委ねてもらえる――そういう順番なんだろうと、振り返って思います。
「最近してないね」を、減点としてではなく、次の夜のための準備として読み替えてみる。
たったそれだけのことで、ふたりの時間は静かに濃くなっていきます。
そういう、地味な発見の話でした(似たことを最初に意識したきっかけは「僕らがSMを始めたきっかけ」にも書いています)。

