合図を決めた。話し合いもした。
それでも「これで足りているのか」が分からない——という感覚が、しばらく僕にはありました。
足りていない部分があるとして、それがどこなのかが分からない。
どこが抜けているかは、並べてみないと見えません。
僕らは今、安全を六つの層に分けて考えています。
そういう定説があるわけではなくて、うちで整理したらこうなった、というだけのものです。
それぞれのやり方は、この記事では書きません。抜けている層を見つけて、その層の記事へ行くための一枚として書きます。
「合意」と「安全」は、同じものじゃない
最初に、混ざりやすい二つを分けておきたいと思います。
合意は、ふたりの言葉の問題です。安全は、体と時間の問題です。
拘束の仕方を間違えれば、しびれが残ることもある。その日の体調は、話し合っても変わらない。
逆に、何も決めずにやっていて何も起きない時期もあります。運が良かっただけですが、起きなかったことは起きなかった。
だから「ちゃんと合意を取ったから安全」とは言えないし、「何も起きなかったから大丈夫」とも言えない。
このふたつは、別々に積む必要があります。
僕自身、しばらくこれを同じものだと思っていました。
合意さえ丁寧にやれば、あとは気をつけるだけでいいと。
実際には、丁寧に話した夜のほうが激しくなりやすくて、話したこと自体が安心を作ってしまうところがあります。言葉は、体の限界を上げてはくれないのに。
安全は、6つの層でできている
先に全体を並べます。
上の三層は、プレイの外で言葉にできます。下の三層は、その場と、そのあとに働きます。
そして大事なのは、層が順番ではなく重なりだということです。一枚では止まらないから、何枚も重ねる。どれかが破れた日に、別の層が受け止める。そういう並べ方をしています。
決めておける、三つの層
第1層 原則――迷ったときの物差し
原則は、何をしていいかを教えてくれません。
教えてくれるのは、迷ったときに何を優先するかだけです。
夜の途中で「これ、続けていいのか」と思う瞬間は必ず来ます。そのときに何を基準にするのか。
物差しがないと、その場のノリが物差しになります。僕はしばらく、それを判断だと思っていました。盛り上がっているから続ける、笑っているから大丈夫、と。
この層には、SSCやRACKと呼ばれる考え方があります。安全に・正気で・合意の上で、と、リスクを承知した上での合意。重点の違う二つの言い方です。
中身と、どういう経緯で生まれたのかは「二つの言い方の、どこが違うのか」にあります。
物差しは、迷う前に持っておかないと間に合いません。それだけの層です。
第2層 前提――その日には決められない条件
この層だけ、時間の単位が違います。
第1層も第3層もプレイのたびに使いますが、前提は毎回は使いません。関係のはじめに一度整えて、あとは効き続けるものです。
体液が関わることをするなら、その手前に済ませておくべきことがあります。検査や、体液を共有する相手をどう決めておくかや、避妊の取り決め。「今日どうする?」で決められる話ではありません。
体格差や力の差も同じです。差そのものは変えられないので、あることを前提にして組み立てるしかない。
ここが抜けていると、上の層が全部無効になります。
どれだけ丁寧に合意しても、前提が抜けていれば体は壊れる。言葉で「大丈夫」と決めても、体はその決定に従ってくれません。
地味な層です。話していて楽しい話題でもない。
僕らも交際の早い段階でここを通りましたが、気まずいだろうと身構えていたわりに、実際は逆でした。
一度きちんとやれば、あとは長く効きます。
第3層 合意――ふたりで作る、唯一の層
いちばん語られる層なので、ここでは中身に踏み込みません。
何を、どの順で、どんな空気で話すかは「何を、どの順で話すか」に。線を引く道具は、やりたい・やりたくない・条件つき、で分ける作業と、絶対に動かない線と、条件つきなら動く線にまとまっています。
代わりに、地図の側から見えることをひとつ。
六層のうち、ふたりが同時に参加しないと成立しないのは、この層だけです。
原則は自分の物差しなので、片方が持てば持てます。前提は条件です。合図は決めれば決まる。観察は見る側の仕事だし、回復はケアする側から始まります。
合意だけが、両方がその場にいて、両方が口を開かないと一ミリも進みません。
だから面倒だし、だから飛ばされます。
そして飛ばしても、その夜は普通に進んでしまう。ここが厄介なところだと思っています。
「合意」と「合図」は、一字しか違わない
ここが折り返しです。
決めたとおりに効くのは、合意までです。
合図も、言葉そのものは決めておけます。「赤と言ったら止める」と約束しておくことはできる。決めた言葉なら、意味の取り違えも起きません(普段の「やめて」がなぜブレーキにならないのかは「普段の言葉が、ブレーキにならない理由」に書きました)。
それでも、その言葉自体が出てこないことがあります。
合意と合図は、一字しか違いません。それなのに、境界の反対側にあります。
ここから下は、決めておいたことが決めたとおりには働かない、そういう層です。
決めたとおりには働かない、三つの層
第4層 合図――決めてあることと、使えることは別
合図の決め方そのもの——言葉の選び方や、切り出し方——は「気恥ずかしさを越えて、合図を決めるまで」にあります。口がふさがる場面があるなら声を使わない合図が要りますし、止める以外の使い道は「三段階に分けると、何が変わるか」で扱っています。
この層について、地図として言えることをひとつ。
決めてあることと、使えることは、別です。
紙の上では、この層はいつでも100%働きます。赤と言えば止まるのだから。
でも実際の夜には、決めた言葉が口から出ない時間があります。層としては存在しているのに、作動しない。
第3層までは「やったかどうか」で確認できます。話したか、話していないか。
第4層から先は、やってあっても働くとはかぎりません。だから確認のしかたが変わります。あるかどうかではなく、動いたかどうかを見ることになる。
そしてもし動かなかったとしたら、その穴を埋める層が要ります。
第5層 観察――合図が出ないときに読む
この層が、いちばん語られていないと思います。
合図の層は、言える状態の人にしか働かない——というのが、僕らが行き着いた見方です。
言えない人がいます。相手を喜ばせたい気持ちが強い人ほど、痛みを飲み込みます。何が起きているかは「言えない側で、起きていること」に、言わせないために攻める側にできることは「我慢しているとき、どう気づくか」に書きました。
僕がこの層を独立させたいのは、ここを「気配りの問題」で終わらせたくないからです。
気配りは人柄の話ですが、観察は仕組みの話です。
合図が働かない条件があると分かっているなら、埋める層をあらかじめ数に入れておくべきだと思う。人柄に頼ると、疲れている日に抜けます。仕組みにしておけば、疲れている日でも「そういえば見ていない」と気づけます。
六層に分けたかった理由の半分は、この層に名前をつけたかったからでした。
第6層 回復――終わったあとに戻す
終わったあとのケアは、事故が起きた日のためのものだと思われがちです。
実際には、何も起きなかった夜にも要ります。
体は無事なのに、翌日どこか重い。そういうことが起こります。気持ちのほうが戻りきっていない。戻す作業を飛ばすと、それが次の夜に持ち越されます。
いつ何をするかは「直後・その夜・翌日で、必要なものが変わる話」に段階ごとにまとめました。遅れて来る落ち込みについては「数日たってから来るもの」に書いています。
この層があると、安全を「事故の有無」で測らなくて済むようになります。
何も起きなかったからいい、ではなくて、ちゃんと戻れたかどうかで見る。そのほうが、次に進むかどうかの判断もしやすくなります。
六層は、一度に揃わなかった
正直に書くと、六層という分け方を、僕らは一度も考えたことがありませんでした。
先にやっていて、あとから書いた。書くために調べたことも確かにあるけれど、順番としては実践のほうが先です。
書きためたものを並べてみて、全部の層に自分たちの話があることに気づきました。
ただ、厚さがまるで違いました。
合図と観察の層は、決めた夜のことも、うまくいかなかったことも、細かく書けている。
一方で原則の層について僕が書けたのは、ほとんど「調べる」ということだけでした。名前のついた原則を物差しにして判断した、という場面が出てこない。新しいことをする前に必ず調べる——僕らを実際に守ってきたのは、その習慣のほうでした。
合意の層も似ています。
何を話すべきかは記事に書いておきながら、僕らはあのリストを、時間を作って上から順に埋めたことが一度もありません。
やってこなかったわけではなくて、埋まり方が違いました。
段階を追って、無理のない範囲で少しずつ。平常時にふと話すこともあれば、行為の前後の、機嫌のいい時間に確かめることもある。そうやって、気づいたらだいたいのところは埋まっていました。
第6層も、僕から始めたものではありません。
こちらが自分のことを話すようになったら、彼女のほうから先に「今日はちょっと疲れてない?」と聞いてくれるようになった。埋めたのは僕ではなくて、ふたりでした。
図にすると、六枚が同時にあるように見えます。
でも僕らの場合は、何ヶ月もかけて、順不同で、片方ずつ厚くなっていきました。
六層の外側にあるもの
最後に、はっきり書いておきます。
層を積んでも、守れないものがあります。
回復できない怪我は、回復できません。合意があってもです。
そして、合意があっても違法なことは違法です。同意があれば何でも許される、にはなりません。
知らないことも、層では守れません。
何が危ないのか名指しできない行為は、六層そろっていてもやらない。これが僕らの線です。調べても分からないなら、分かる人に教わるまで待つ。
この六層は、何をしてもいいという許可証ではありません。
積むほどに「ここから先には行かない」がはっきりする——そういう使い方をするものだと思っています。
それから、体のことで迷ったときの線引きを。
息ができない、意識がはっきりしない、けいれんが起きている。このときは、層のどれを考えるよりも先に119番です。判断を後回しにしていい場面ではありません。
プレイのあとに痛みや出血が続くとき、しびれが残るときも、様子を見ずに医療機関へ。恥ずかしさは、あとから取り返せます。
まとめ
六つを一行ずつ、別の言い方で置いておきます。
- 原則――「何をするか」ではなく「何を先に取るか」を決めておく層
- 前提――一度整えれば長く効くかわりに、抜けたまま気づけない層
- 合意――ふたりが同時に口を開かないと、一ミリも進まない層
- 合図――決めてあることと、使えることが、いちばん食い違う層
- 観察――人柄でやると疲れた日に抜けるので、仕組みにしておく層
- 回復――何も起きなかった夜にこそ、効いていることが分かる層
六つ全部を今日から揃える必要はありません。
抜けている層をひとつ見つけて、その層の記事へ行ってもらえたら、この一枚の役目は果たせたことになります。

