ふたりで境界を決める――BDSMの合意「すり合わせ」のやり方

正直に書くと、僕らは最初、何も決めずに始めました。

好き同士の延長で、なんとなく少し激しいことをして、終わってから「さっきの、大丈夫だった?」と聞く。
たいていは大丈夫。でもたまにヒヤッとする。
その「たまに」が、いちばん大切な相手を傷つけかねないと気づいてから、僕らは「始める前に話す」ようになりました。

「ちゃんと話し合ってから」――SMやD/s(主従関係のプレイ)について調べると、必ずこの言葉に出会います。
でも、いざやろうとすると詰まる。
何を、どの順で、どんな空気で話せばいいのか、誰も具体的には教えてくれないからです。

この記事は、その地図です。
リストの作り方やセーフワードの決め方といった各論は個別の記事に譲って、ここでは「すり合わせ全体の進め方」をまとめます。

目次

「同意」と「すり合わせ」は、別のもの

まず言葉を整理させてください。

同意は、「いいよ」というひとつの返事です。
でも、本当に必要なのはその手前にあります。
何に対して「いいよ」と言っているのかを、ふたりで具体的にしておく作業――これを海外ではネゴシエーション(交渉)と呼びます。
この記事ではもう少しやわらかく「すり合わせ」と呼びます。

「エッチしていい?」「いいよ」だけでは、たとえば「叩くのはどこまで?」「言葉で責めるのはあり?」「途中でやめたくなったらどうする?」が、何も決まっていません。
すり合わせとは、その空白を、始める前にふたりで埋めておくことです。

地味な作業に聞こえるかもしれません。
でも僕の実感では、ここを通った夜のほうが、ずっと安心して没頭できました。

なぜ「始める前」に、「素面(しらふ)」で話すのか

すり合わせには、向いているタイミングがあります。
プレイの外、そして素面のときです。

理由はシンプルで、興奮しているときやお酒が入っているときの「いいよ」は、冷静なときの「いいよ」と同じ重さを持たないからです。
その場の勢いで出た返事を、あとから本心だったと確かめるのは難しい。
お酒などの影響下での同意は、そもそも有効な同意とは見なされない、というのが共通の考え方です。

だから、すり合わせも、当日の最終確認も、頭がクリアなときに。
気恥ずかしければ、ベッドの上でなく、散歩や食事のついでくらいの軽さで切り出すのがちょうどいいと思います。

すり合わせる中身――何を話すか(全体像)

では具体的に、何を話すのか。
ここが親記事のいちばんの役割なので、項目を一覧にします。
それぞれの「やり方」は、リンク先の記事で詳しく書いています。

  • やってみたいこと(興味):お互いの「これ、気になるかも」を出し合う出発点
  • 絶対にやらないこと(ハードリミット)条件つきならOK(ソフトリミット):線引きの基本。→「「これは無理」を言葉にする――ハードリミットとソフトリミット
  • 言葉や状況の地雷、触れてほしくない過去:身体だけでなく心の安全に関わる部分
  • やめる合図(セーフワード):言語のものと、声を出せない場面のための非言語のもの。→「セーフワードの決め方と候補
  • 身体と健康のこと:体調、性感染症、避妊。生々しく聞こえても、ここを飛ばさない
  • 時間と場所:どれくらいの長さで、どこでやるか
  • 終わったあとのケア:アフターケアの希望(そばにいてほしい/水がほしい、など)

この「何を話すか」をリスト形式で具体化する方法は、「プレイの前に話すこと――Yes・No・Maybeの「3つのリスト」」にまとめています。
あわせて読むと、話す中身がぐっと立体的になります。

合意を支える、3つの考え方(名前だけ先に)

すり合わせの背景には、海外で共有されている考え方があります。
ここでは深入りせず、名前と一行だけ紹介します。

  • FRIES:合意とは「自由意志で・撤回でき・リスクも段取りも知った上で・前のめりに・具体的に」交わされるもの、という5本柱の頭文字
  • SSC:安全に・正気で・合意の上で(Safe, Sane, Consensual)
  • RACK:リスクを承知した上での合意(Risk-Aware Consensual Kink)

このうち、いちばん覚えておきたいのは FRIES の「撤回でき」と「前のめりに」です。
次の節で触れます。(SSC・RACK の中身は、別の記事でじっくり扱う予定です。)

一度の「いいよ」は、ずっとの「いいよ」じゃない

すり合わせは、一回やったら終わりではありません。

大事な原則がふたつあります。
ひとつは、一度のOKは、全部のOKではないこと。
「前にこれは大丈夫だったから今日もいいよね」とは限らない。
その日の体調も気分も違います。
もうひとつは、撤回はいつでもできること。
始めてからでも、「やっぱり今日はここまで」と言っていい。
それを言われた側が怒らないことまで含めて、合意です。

だから僕らは、始める前に短く確認します。
「今日はどんな感じがいい?」「無理になったら、いつでも合図してね」。
この一往復があるだけで、その夜の安心がまるで違います。
(途中でやめたい気持ちを受け止める話は「「痛い」「今日は無理」と言える関係」に書きました。)

D/sのように、ふたりのあいだに「委ねる側」と「導く側」の役割があるなら、なおさらです。
力の差があるからこそ、導く側が「撤回していいんだよ」と先に伝えておく。
立場を使って相手に言わせない――それは支配ではなく、ただの強要になってしまいます。

すり合わせ工程チェックリスト

最後に、そのまま使える工程のチェックリストを置いておきます。
プレイの内容を決めるリストではなく、「すり合わせという作業を、ちゃんと一周できたか」を確認するためのものです。

  • □ 素面のとき、プレイの外で話したか
  • □ やってみたいこと/ハード(絶対NG)/ソフト(条件つき)を出し合ったか
  • □ 言葉や状況の地雷、触れてほしくない過去を共有したか
  • □ セーフワードを決めたか(言語と、声が出せない場面の非言語の両方)
  • □ 体調・性感染症・避妊など、身体と健康のことを確認したか
  • □ 時間・場所・アフターケアの希望を聞いたか
  • □ 「一度のOKは全部のOKじゃない」「いつでも撤回していい」を、ふたりで確かめたか
  • □ 終わったあとのフォローを、どうするか決めたか

全部に印がついたら、すり合わせは一周できています。
最初から完璧でなくていい。ひとつずつ埋めていけば、それで十分です。

ひとつだけ、絶対に外せないこと

すり合わせを丁寧にやっても、忘れてはいけないことがあります。
合意は、何でも許される免罪符ではないということです。

ふたりが「いいよ」と言い合っても、回復できない危害や、法に触れる領域は別の話です。
ハードリミットは、合意があっても、どれだけ興奮していても超えない。
首を絞める、吊るすといった命に関わる行為は、「やり方」をこの記事で軽く扱うことはしません。
それらは、すり合わせ以前に、正しい知識と慎重さが要る領域です。

すり合わせは、ふたりの安心のための道具です。
道具をちゃんと使うほど、安心して相手に身を預けられる。
それが、この一手間のいちばんの見返りです。

まとめ

  • 合意は「いいよ」の一言では足りない。手前の「何にいいと言うか」をふたりで具体化するのが「すり合わせ」
  • すり合わせは、プレイの外で、素面のときに
  • 話す中身=興味/ハード・ソフトの線引き/地雷・過去/セーフワード/健康・避妊/時間・場所/アフターケア
  • 一度のOKは全部のOKじゃない。撤回はいつでもできる
  • 工程チェックリストで「一周できたか」を確認する
  • それでも、合意は免罪符ではない。回復できない危害と違法な領域は別

すり合わせは、空気を壊す堅苦しい儀式ではありません。
「あなたと安心して向き合いたい」を、言葉にするだけのことです。
次に始める前、ひとつでいいので、確かめ合ってみませんか。

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