攻める側にもケアがいる——ドムのセルフケアとドムドロップへの備え

「アフターケア」と聞くと、たいていの人は攻めた側が委ねた側を介抱しているところを思い浮かべると思います。
抱きしめて、水を渡して、毛布をかけて、「がんばったね」と声をかける。
アフターケアの記事でも書いたとおり、これはプレイの本体に含まれる大事な時間で、ここを省くと関係はじわじわ削れていきます。

ただ、その絵の中に、攻めた側を介抱している人は、たいてい描かれていません。
誰が、誰をケアしているのか。
受け手の世話をしている、あの人のことは誰が見ているんでしょうか。

僕は、攻め手のほうにもケアが要る、と思っています。
ただし「誰かにしてもらうケア」だけでなく、自分で自分を整えるケア、つまりセルフケアのほうから組み立てるのが、たぶん現実的です。
今日はその話を、ケア型の自分が試行錯誤してきたやり方として書きます。

目次

なぜ「セルフ」ケアから組み立てるのか

ふつう、ケアは相互のものです。
僕も、受けたほうがいいケアは受けるし、彼女も受けてくれます。
それでもあえて「セルフ」から書くのは、攻め手という立場には、ケアされにくい構造があるからです。

ひとつは、相手はプレイ直後、自分よりずっと消耗していること。
深く委ねてくれた人ほど、終わったあとはぼんやりしていて、ふだんの観察力は戻っていません。
「あなたも大丈夫?」と聞いてくれることもありますが、こちらの細かい揺れまで拾ってもらうのは難しい時間帯です。
だから直後の数十分は、自分のことは自分で多めに見ておくほうが、相手のサブスペースを邪魔せずに済みます。

もうひとつは、ケア型・サービス型の人ほど、自分のケアを後回しにする癖を持っていることです。
僕はサービス・ドム寄りの型なので、相手の様子に気を向けるほうが自然で、自分の状態は「あとで」になりがちでした。
あとで、と思っているうちに、翌日や数日後の落ち込みになって戻ってきます。これがいわゆるドムドロップです。
後回しの癖は、自分の流儀をちょっと知っているくらいでは止まりません。
だから、「自分で自分をケアする手順」をあらかじめ決めておく、という形で外側から支えるのが現実的でした。

ここを誤解されたくないので先に書きますが、「ドムは弱音を吐かずに自分でやるべき」みたいな話ではありません。
むしろ逆で、自分の状態を自分で把握できているからこそ、相手に「今日はこうしてほしい」と言葉にできる。
セルフケアは、相互ケアの土台です。

プレイ中〜直後にできる、自分への小さな手入れ

セルフケアは、プレイが終わってから始まるものではない、というのが僕の実感です。
最中のうちから、自分の輪郭をうっすら覚えておく作業が、たぶん本体です。

ドムスペースの話とつながりますが、攻めているとき、自分は研ぎ澄まされた集中の中にいます。
相手を観察する、焦らしのタイミングを計る、合図を見逃さない。やることが多い。
夢中になりすぎると、自分の体が冷えていることや、腕や腰が張っていること、喉が渇いていることに気づけません。
だから僕は、プレイの合間に「自分の体は、いま何を感じてる?」と一度だけ聞きに行く時間をつくるようにしています。
水を一口飲んで、肩を回す。それだけです。
これは集中を切ってしまう動作に見えますが、僕にとってはむしろ逆で、ここでひと呼吸入れたほうが、その後の観察精度は上がります。

終わった直後にもひとつあります。
アフターケアの実践記事では受け手側のケアを時系列で書きましたが、攻め手側にも順序があります。

  • 体を拭いて、相手にも自分にも何か羽織らせる
  • 水を飲む(自分の分も先に用意しておく)
  • 抱きしめる時間を、相手のためであると同時に、自分のためにも置く

抱きしめるというのは、相手をなだめる動作ですが、自分にとっても張りつめていた集中をほどく動作になっています。
肌が触れているあいだ、こちらの呼吸も少しずつ落ちていく。
ケアの最中、自分のほうも一緒にケアされている。この実感を持っていられると、後回しの癖はけっこう緩みます。

翌日〜数日:ドムドロップが来たときの応急処置

それでも、後から来るときは来ます。
ドロップの記事に書いたとおり、ドロップは数時間〜数日のタイムラグで来るので、終わった夜は妙に高揚していたのに、翌日や翌々日にずしんと落ちる、というのはふつうにあります。
攻め手側のそれは、虚脱感や、妙な空白、「あれはやりすぎたんじゃないか」という後追いの不安、相手に申し訳ない気持ち、といった形を取りやすいです。

僕がやっているのは、たぶんどれもごく地味なことです。

よく食べて、よく寝る。
身も蓋もないですが、いちばんの土台です。
ドロップは脳内物質の急降下が関与すると言われていて、そこに睡眠不足や空腹を重ねると、落差はさらに大きくなります。
糖分とたんぱく質を入れる、いつもより早めに寝る、それだけで翌日の景色は変わります。

陽に当たって、少し歩く。
これも昔の自分なら冗談みたいに聞こえたと思いますが、効きます。
室内にこもって考え事をしていると、罪悪感のループに入りやすいので、いったん体を動かして思考を切ります。

プレイの中身を、ノートでもメモでもいいから書き出してみる。
「何が良かった」「どこで迷ったか」「次はどうしたい」を、感情と分けて書きます。
書き出してみると、罪悪感の正体が、案外「やりすぎた」ではなくて、「いつもと違うことをして、評価の物差しがなかっただけ」だったりする。
正体が見えると、ぐっと扱いやすくなります。

「やりすぎた気がする」を、相手に確認していい。
これは応急処置のなかでもいちばん効くもののひとつです。
できれば翌日以降、相手がいつもの自分にちゃんと戻ってから聞くのがいい(直後はサブスペースが残っていて、その時間帯の「大丈夫」は判断材料にしにくいので)。
そのうえで「ううん、全然そんなことなかったよ」と言ってくれたら、それは事実として受け取っていい。
合意のうえで、ちゃんと終わったプレイです。自分の中だけで判決を出さない、というのが、ドムドロップを長引かせないコツだと思います。

ひとつだけ線を引いておきます。
落ち込みが1週間近く続く、悪化していく、日常生活に支障が出る——その場合はドロップの範囲を超えていることがあります。
プレイのせいだと決めつけずに、ためらわず心療内科などの専門家に相談してください。
これは攻め手側でも、委ねる側でも、同じです。

「ケアしてもらう」のハードルを、自分で下げる

セルフケアの話を続けてきましたが、最終的にはやはり、相互のケアに着地するのが健全だと思っています。
ただ、ここで攻め手側がぶつかる壁が、ひとつあります。

「ケアしてほしい」を、言葉にしにくい。

理由は人それぞれですが、僕の場合は、相手にケアの責任まで持たせたくない、という気持ちと、自分はその場の責任者だという自負、たぶんこれが半々で混ざっています。
パワーエクスチェンジの言い方で言えば、相手の安全を預かっているという感覚が、自分のケアを言いにくくしているところがある。

ここを抜けるために、僕がやっていることを書いておきます。

ひとつは、ケアの内容を、具体的にひとつだけ伝えること。
「ケアして」だと、相手も何をしていいか分からないし、こちらも気が引けます。
「終わったあと、ちょっとだけ頭撫でてほしい」「明日の朝、いつもより長くくっついてていい?」みたいに、小さく、具体的に、ひとつだけ渡す。
これだと、相手も無理せず応じられるし、こちらも「お願いごとを増やしすぎた」感を持たずに済みます。

もうひとつは、プレイの「外」で先に話しておくこと。
プレイ直後に「ケアしてほしい」を切り出すのは、お互い消耗していて難しい時間です。
ふだんの何でもないタイミングで、「自分は終わったあとに不安が来ることがある」「来そうな日は、こうしてくれると助かる」と、先に種を蒔いておく。
これは合図やセーフワードを冷静なときに決めておくのと同じ理屈で、判断を「ふだんの自分」に外注する仕組みです。

僕らの場合、彼女のほうから「今日のあなた、ちょっと疲れてない?」と先に聞いてくれることが増えました。
たぶん、こちらが先に種を蒔いてきたから、彼女のなかにも「攻めた側にも疲れがある」という前提が自然に入ったのだと思います。
自分のセルフケアを言葉にしておくことが、結果的に相互ケアを育てる。いまはそう感じています。

まとめ

  • 攻め手のケアは「誰かにしてもらう」前提だけだと立ち上がりにくい。「自分で自分を整えるセルフケア」から組み立てるほうが現実的
  • 最中から「自分の体は何を感じてる?」を一度だけ聞きに行く。終わったら、抱きしめる時間を相手のためであると同時に自分のためにも置く
  • 翌日以降は、よく食べる・よく寝る・少し歩く・プレイの中身を書き出す・「やりすぎた気がする」を相手に確認していい。自分の中だけで判決を出さない
  • 落ち込みが1週間近く続く・日常に支障が出る場合は、ためらわず専門家へ
  • 最終的には相互のケアに戻る。そのために、ケアの内容を「小さく・具体的に・ひとつだけ」、できればプレイの「外」で先に伝えておく

ケアは強さの問題ではなくて、設計の問題だと思います。
攻める側が自分をちゃんと手入れできていると、相手にも、もっと安心して深く委ねてもらえる。
そういう順番です。

この記事を書いた人

「女の子にひどいことなんてできない」——そう思っていた僕が、彼女とSM・D/sを学んできた記録。合意と安全のことを、等身大で綴っています。

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