「貶められたい」をどう扱うか――辱めプレイと、加害との境目

「もっとひどいことを言ってほしい」。
そう頼まれて、手が止まったことはありませんか。

僕なら、たぶん止まります。
罵るのは得意ではないし、このサイトでも褒めて導くやり方のほうを繰り返し書いてきました。

それでも、貶められたい・辱められたいという願いは実在します。
そして扱いを間違えると、いちばん深いところに傷が残る領域でもあります。

この記事は、その願いを持っている人と、頼まれた側のための整理です。

目次

そもそも、何を指す言葉なのか

海外ではディグレデーション(degradation)やヒュミリエーション(humiliation)と呼ばれる領域です。
日本語だと「辱め」「貶め」「罵倒系の言葉責め」あたりが近い。
タイプ名の早わかりでは、する側をディグレーダー、受ける側をディグレーディーと呼び分けています。

中身は、だいたい三つに分かれます。

  • 言葉=罵る、けなす、恥ずかしいことを自分の口で言わせる
  • 扱い=物のように扱う、名前で呼ばない、床に座らせる
  • 見せる=恥ずかしい格好や姿勢を保たせる、鏡で自分の姿を見せる

厳密な用語の使い分けより、押さえておきたい区別がひとつあります。
「価値を下げられる」ことと「恥ずかしい思いをする」ことは、感情としては別物だということです。

前者は自分の値打ちを落とされる感覚で、後者は見られたり言わされたりして顔が熱くなる感覚。
どちらも同じ「辱め」の箱に入れられがちですが、欲しいものが違えば、要る言葉も違ってきます。
頼む側は一度、自分がどちらを求めているのかを考えてみてください。

なぜ「貶められたい」が快感になるのか

不思議に思う人のほうが多いはずなので、僕なりの見立てを書いておきます。

ひとつは、決めなくていい時間が手に入ること。
自分の価値を自分で守らなくていい。判断を全部あちらに渡してしまえる。
縛られたい気持ちと同じ構造だと思います。

もうひとつは、自分では認めにくい欲を、相手の口から言ってもらえること。
「こんなことを望んでいる」と自分で言うのは、けっこう難しい。
それを相手が言葉にしてくれると、認める作業を一段飛ばせます。

そして、恥ずかしさが強い感情だということ。
顔が熱くなる、心臓が速くなる。身体が動くぶん、快感のほうへ転びやすいんだと思います。

最後に、これがいちばん大きいかもしれません。
きつい言葉をかけられることは、関心を向けられていることでもあります。
無関心の反対だから、届く。
僕がこれを腹で理解したのは、叱られて嬉しそうにしている彼女を見たときでした。
あれは叱りの話で、貶めそのものではありません。ただ「向けられている」という一点は、たぶん地続きです。

念のため書いておくと、こういう願いを持つことは、自分を安く見ているからではないと思います。
普段しっかりしている人が、預けられる時間を欲しがることもある。逆の人もいます。
ただ、「そんなことを望むなんて」と決めつけて心配してみせるのは、たぶんいちばん届かない返し方です。
決めつけずに聞くのは別の話で、そちらはむしろ必要です。

ついでに言うと、強い刺激を与えたい気持ちと、相手を見下したい気持ちも別の軸です。
貶めないサディズムという型があるように、この二つはいつも一緒に来るわけではありません。

僕らは選んでいない。それでも線は引いておく

正直に書きます。僕らはこの型を主軸にしていません。
理由は罵らない言葉責めに書いたとおりで、うちは褒めて導くほうを選びました。
叱りは使うけれど、貶めは使わない。そこに落ち着いています。

念のため書いておくと、これは消去法ではありません。
彼女が褒められて深く落ちていくのを見てきたので、僕らはそっちを伸ばしたかった。それだけです。

ただ、これは僕らの線であって、正解ではありません。
貶めが要る人はいるし、それでうまくいっている関係もある。
だから僕は、自分がやらないことを理由に「危ないからやめておけ」とは書きません。

書けるのは、頼まれたときに何が要るか、のほうです。
やらないと決めた側だからこそ、どこで止めるかは何度も考えました。その分だけは、たぶん役に立ちます。

合意の取り方――使っていい言葉を、先に決める

いちばん大事なのはここです。

まず、言われたくない語を具体的に聞いておくこと。
「ひどいことを言っていい」という許可は、許可として粗すぎます。
何がその人の芯に刺さるかは、外から見て絶対に分かりません。
Yes・No・Maybeのリストを作るとき、行為だけでなく、言葉の欄も作ってください。

そのうえで、使っていい語のほうをリストにするのをすすめます。
禁止リストは無限に伸びますが、許可リストは有限だからです。
「この三つは言っていい、それ以外はまだ」から始めれば、外す確率が下がります。
ただし同じ語でも、言い方と場面で届き方が変わります。語を決めても、トーンまでは決まりません。

分けておきたい境目もあります。
行為に向けた言葉と、存在に向けた言葉は別物だということです。
「今日はちゃんとできていない」は役の中の話ですが、「お前には価値がない」は人そのものへの評価になる。
同じ強い言葉に見えて、向いている方向が違います。同じ行為でもスタンスで意味が変わるのと同じ理屈です。

それから、止め方。
辱めの最中は、「やめて」も「ひどい」も演出の一部に聞こえます。
興奮の中では言葉が裏返るので、演技と区別できる合図を別に用意しておかないと、本当に止めたい瞬間に止まりません。

しかもこの型には、特有の難しさがあります。
役の中身が「自分には値打ちがない」であるほど、合図を出すこと自体が言い出しにくくなる。
だから、言えたら止めるという受け身の合図だけに頼らず、こちらから取りに行く手も要ります。
赤・黄・緑のような、役を崩さずに聞ける短い確認を、途中で一度は挟んでおく。

そして、その日の状態で決めること。
落ち込んでいる日、仕事で削られた日は、同じ言葉でも刺さり方が変わります。
やるかどうかは、リストではなく、その日の相手を見て決めるところです。

壊さないための、四つの設計

合意が取れたとして、そこから先の運用です。

役の中に閉じること。
プレイの外に語を持ち出さない。日常の会話で同じ言葉を使わない。
ここが混ざると、役ではなく関係そのものが上下になります。
境界を決めておくのは、行為だけでなく時間についても同じです。

終わりに必ず戻すこと。
叱りっぱなし、貶めっぱなしで終わらせない。
僕らが使っている褒めで回収するリズムは、この型でも効きます。
それに加えて、「さっきのは役の話だった」と、はっきり言葉にして戻す一手間を入れてください。

残るものを作らないこと。
録音や撮影は、辱めとはまったく別の合意です。
撮る・残す・見せるは、それぞれ別の同意として扱ってください。残るものは、後から意味が変わります。

翌日まで見ること。
羞恥の強い遊びほど終わったあとのケアが要る、というのはこのサイトで繰り返し書いてきたことです。
言われた言葉は、身体の痛みと違って、後から効いてくることがある。
僕らは叱りの範囲でしか経験していませんが、それでも次の日に一度声をかけるところまでを設計だと思っています。
翌日の落ち込みが長く続いて日常に支障が出ているなら、それはもうドロップの範囲ではありません。

身体のほうも、ひとつだけ。
姿勢を保たせる形を使うなら、同じ姿勢を長く続けさせないこと。
しびれや冷たさが出たらすぐやめる。心のほうに集中していると、ここが抜けます。

外してしまったときのこと

許可リストを作っても、外れるときは外れます。
刺さる言葉は、本人ですら言われるまで分からないことがあるからです。

相手が黙る。固まる。目を合わせなくなる。
外したと感じたら、役をやめる。
その場で普通の声に戻して、「今のは無し。ごめん」と言う。言い訳も、続きも要りません。

ここで絶対にやらないほうがいいのが、「合意したよね」で押し切ることです。
それから、外した語は、その日のうちに禁止側へ移すこと。
一度刺さった語は、次も刺さります。

止めていいのは受け手だけではない、というのも書いておきます。
自分が乗りすぎていると感じたら、頼まれていても中断していい。

ここを越えると、加害になる

線は、たぶんこのあたりです。

  • 本人が変えられないこと=容姿、生まれ、家族、過去、仕事。ここは役の外まで持ち帰りやすいので、既定では触らないのが安全です。本人が名指しで望むなら別枠として扱い、その回だけ合意を取り直して、翌日の確認を厚めにする。何日も引きずるようなら、その語はもう役に置けません
  • プレイ外への持ち越し=日常の口論や、機嫌の悪い日の一言に混ざり込んだ時点で、それはもうプレイではありません
  • 第三者を巻き込むこと=合意していない人の前でやるのは、二人の合意で解決できる話ではなくなります。性的な要素が人目に触れる形なら、日本では公然わいせつなどの犯罪になりえます
  • 「合意したから」で押し切ること=合意は毎回取り直すもので、途中で引っ込めていいものです

もうひとつ、やる側の話も書いておきます。
貶めることに熱が乗ると、観察が落ちます。
相手の反応を見ているつもりで、自分の勢いを見ているだけになる。
この型を選ぶなら、自分が乗りすぎていないかを測る係も自分だということは、引き受けておいたほうがいいと思います。

まとめ

  • 辱めの中身は「言葉」「扱い」「見せる」の三つ。価値を下げられたいのか、恥ずかしくなりたいのかで要るものが変わる
  • 望むこと自体は、自分を安く見ているからではない。関心を向けられている証として効いている面がある
  • 合意は、禁止語より許可語で決める。行為への言葉と、存在への言葉は分ける
  • 役の中身が「値打ちがない」であるほど、合図は出しにくくなる。こちらから取りに行く確認を挟む
  • 役の中に閉じる・終わりに戻す・残るものを作らない・翌日まで見る。この四つがあるだけで、壊れ方はだいぶ変わると思っています
  • 外したら、役をやめて普通の声に戻す。押し切らない
  • 変えられないこと、外への持ち越し、第三者、押し切り。ここを越えたら、それは加害になる

僕ら自身はこの型を使っていません。
それでも線を引いておきたいのは、望んでいる人が「危ないからやめておけ」としか言われない状況が、いちばん危ないと思うからです。

言葉は、身体より遅れて効いてきます。
だから設計が要る。そこは、この型を選ぶ人も、選ばない僕らも同じでした。

この記事を書いた人

「女の子にひどいことなんてできない」——そう思っていた僕が、彼女とSM・D/sを学んできた記録。合意と安全のことを、等身大で綴っています。

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