「サディスト」の数値に戸惑った話――貶めないサドという型

BDSMテストというものをやってみたことがあります。
無料の診断サイトで、30個ほどの項目が0〜100%の数値で出てくる、あれです。

結果はドミナントが94%。ここまでは予想通りでした。
でも、もうひとつの数字に僕は少し固まりました。

サディスト、66%。

正直に言うと、この数字を見た瞬間いい気持ちはしませんでした。
サディストという言葉に、僕はずっと「相手を傷つけたい人」「痛めつけて喜ぶ人」というイメージを持っていたからです。
自分がそっち側だと数字で示されるのは、なんというか居心地が悪かった。

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「純粋なサドじゃない」という自己認識との差

僕は自分のことを、痛みを与えるのが好きなタイプだとは思っていませんでした。
どちらかというと、相手が喜ぶ顔を見たくて動くタイプ。
主導権は握りたいし、決めるのは自分でいたい。
でもそれは相手を追い詰めたいからではなく、相手を気持ちよくする責任を持ちたいから。そう考えていました。

だからテストの66%は、自己認識とだいぶズレていました。

気になって、数字を全部見直してみました。
そこで、もう少し細かい項目があることに気づきます。
「デグレーダー(貶める傾向)」は26%。
サディストの66%に比べると、かなり低い数字でした。

ここで、ようやく引っかかっていたものの正体が見えてきました。
僕は「サディスト」というひとつの言葉に、ふたつの別のものを混ぜて怖がっていたんです。

サディズムと「貶め」は、別の軸だった

一般的なイメージのサディストは、たぶんこんな感じだと思います。
相手を痛めつけて、言葉で貶めて、屈辱を与えて喜ぶ人。

でもこの中には、実は独立したふたつの欲求が入っています。

  • 身体的な刺激や支配を与えることへの欲求(サディズムそのもの)
  • 相手の人格や尊厳を否定することへの欲求(デグラデーション=貶め)

このふたつは、セットで語られがちですが、テストではきっちり別の項目として採点されます。
強い刺激を与えたいという欲求と、相手を見下したいという欲求は、いつも一緒に来るとは限らない。

僕のテスト結果は、まさにこれを裏付けていました。
サディストの数値は高いのに、デグレーダーの数値は低い。
つまり僕は、身体的には支配・刺激をしたいけれど、人格を貶めたいわけではないタイプだった。
それだけのことでした。

言われてみれば、思い当たることばかりでした。
彼女を叩きたい気持ちはある。それは彼女が喜んでくれるから。
でも、彼女を人として否定するような言葉は、想像しただけで無理だと感じる。
このふたつの感覚を、僕はずっと同じ「サディズム」という箱に入れて、まとめて警戒していたんだと思います。

「相手の快楽に向いたサディズム」という型

自分の中でこの区別がついてから、ずいぶん楽になりました。

僕が求めているのは、相手を屈辱で満たすことではなく、強い刺激を通して相手を高いところまで連れていくこと
叩く、つねる、押さえつける——手段は激しくても、向かっている先は相手の快楽です。
貶める言葉で自尊心を削るのとは、方向がまるで違う。

これは「相手の快楽に向いたサディズム」とでも呼べる型なんだと思います。
サディズムという言葉が持つ強さは残しつつ、矢印の先を「相手を下げる」ではなく「相手を上げる」に向け直したもの。

彼女はもともと、褒められて伸びるタイプです。
肯定されることで深く没入していく彼女の性質と、このタイプのサディズムは、実はとても相性がよかった。
強い刺激を与えながら、同時に「よく頑張ってる」「かわいい」と肯定の言葉も惜しまない。
彼女にとってその組み合わせは、屈辱ではなく、丸ごと受け止められている感覚に近かったようでした。

罪悪感から、確認しながらの前進へ

とはいえ、頭で整理がついても最初から自然に振る舞えたわけではありません。

強めに攻めてみたいと思う瞬間、僕の中には決まって罪悪感が先に立ちました。
「これは彼女を喜ばせているのか、それとも自分の欲を押しつけているだけなのか」。
その区別が自分の中でつかない限り、踏み込む勇気が出ませんでした。

転機になったのは、彼女の反応をひとつずつ確認しながら進めるようになったことです。
軽く叩いてみて、彼女の様子を見る。
嫌がっていないどころか、もっとしてほしいという反応が返ってくる。
それを確かめてから、少しだけ強さを上げる。またその反応を見る。

この「小さく試して、確認して、少し進む」の繰り返しが、罪悪感を安心に変えていきました。

具体的にはこんな進み方でした。
最初は触れ合いの延長のような軽さで、頬をペチペチと叩いてみる。
痛みというより、じゃれ合いに近い強さです。
彼女がいつも通り機嫌よく応えてくれることを確かめてから、次に直接聞いてみました。
「もっと強く叩いてもいい?」
彼女が「うん」と言ってくれて、はじめて次の強さに進む。
この一往復を、飛ばしませんでした。
毎回「もっと」が返ってきたわけでもありません。
反応が薄い日は、その強さのまま先に進めませんでした。

同じ行為でも、渡す側の姿勢次第で意味が変わるという感覚は、こういう場面でも生きています。
強さそのものが問題なのではなく、相手の反応を見ずに一方的に進めることが問題なんだと体感として分かってきたんです。

ある日、いつもより強めに手を出したとき、彼女のほうから「もっと強く」と言われたことがありました。
その一言で僕の中の罪悪感はかなり軽くなりました。
これは僕の欲を彼女に押しつけている行為ではなく、彼女が望んでいることに応えている行為なんだと、はっきり実感できたからです。

サディズムの数値は、僕の中で変わっていません。
でも、それをどう扱うかは、あの頃とは別人みたいに変わりました。

サディストという言葉に、萎縮しなくていい

BDSMテストで高い数字が出て、戸惑っている人がいたら伝えたいことがあります。

サディストという言葉の強さに、身構えなくていいということです。
高い数字が出たとき見るべきなのは、そこだけではありません。
デグレーダーの数字がどうだったか、あわせて見てください。
サディストだけが飛び抜けて高く、デグレーダーは低いなら、それはあなたの欲求が相手を貶めることではなく相手の快楽に向いている証拠です。

僕はまだ、この型を育てている途中です。
でも、あの日固まった66%という数字を、今はもう嫌な気持ちで見返してはいません。
隣にあった26%が、僕がどっち向きの人間かを、ちゃんと教えてくれていたからです。

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