「やってみたい」と「それは無理」のあいだ――性の興味がズレたとき

「これ、ちょっと興味あるんだよね」と切り出して、相手の顔が少し曇る。
「うーん……それは、ちょっと」と返ってくる。

性の話を重ねていくと、どのふたりにも必ず訪れる瞬間です。
片方がやってみたいことを、片方は気が進まない。

今日はこの「興味のズレ」を、関係を壊さずにどう扱うか、という話をします。
特定の行為の話ではないです。
激しいプレイでも、道具を使うことでも、言葉のやりとりでも――ズレが生まれる構造は、どれも同じだからです。

目次

ズレているのが、むしろ普通

最初に、いちばん肩の力が抜ける事実から。

性科学の世界では、ふたりの性的な欲求や希望が食い違うことは、カップルが専門家のもとに持ち込む最もありふれた相談のひとつとされています。

ヨーロッパの性医学の学会は、2020年に出した見解の中で、これを「どちらかが壊れている(障害)」ではなく、ふたりのあいだの相対的なズレ=関係のレベルで起きる現象として捉え直すべきだ、と述べています。
ある研究にいたっては、長く続く関係での欲求のズレを「不具合ではなく仕様」とまで表現しました。

つまり、ズレは関係が壊れているサインではありません。
ふたりが別の人間である以上、当たり前に起きること。
まずこの前提に立てると、「合わせなきゃ」「説得しなきゃ」という焦りが、ずいぶん静かになります。

まず、責めずに「なぜ」を聞く

ズレに気づいたとき、最初にやることは説得ではなく質問です。

やりたい側は「なんでダメなの」と問い詰めたくなる。
気が進まない側は「そんなの無理に決まってる」と黙り込みたくなる。
でもそこで止めてしまうと、ふたりとも本音を引っ込めてしまいます。

代わりに、好奇心で聞いてみる。
なぜ自分はそれに惹かれるんだろう。
なぜ相手は気が進まないんだろう。
責めるためでなく、ただ知るために。

性を「好奇心と、自分への思いやりをもって扱う」というのは、性科学の良質な入門書が口を揃えて言うことです。
性の話を切り出すこと自体が、実は関係を一段深くする作業でもあります。
ただし、聞くのは一度、きちんと。聞いた上で粘らない――この線引きは、あとの章でもう一度ふれます。

「嫌」には、3つの中身がある

「気が進まない」の中身を開けてみると、だいたい3つに分かれます。

(a) 知らないから・誤解しているから
「痛そう」「不潔そう」「傷つきそう」――正確な知識や、安全なやり方を知らないことからくる不安。
ここは、正しく知れば変わる余地がある領域です。

(b) 生理的・心理的に受けつけない
考えただけで嫌悪感がわく。
これは「性的な嫌悪」と呼ばれ、性の反応に強くブレーキをかける力です。
ここは説得する対象ではなく、尊重すべき境界。

(c) ただ、惹かれない
害でも誤解でもなく、単に興味がない。
これも是正するものではなく、その人の好みの事実です。

そしていちばん大事なこと。
目の前の相手の「嫌」が、この3つのどれなのかは、外からは判定できません。本人にしか分からない。
だから、こちらで決めつけずに、本人の言葉で語ってもらう。それだけです。

ひとつ、釘を刺しておきたいことがあります。

「興奮すれば嫌悪は薄れていく」という研究もあります(女性を対象にした実験です)。

けれどそれは、本人の中で自然に起きる現象の話であって、「だから相手を盛り上げて、嫌悪を乗り越えさせていい」という意味では決してありません。

乗り越えるかどうかを決めるのは、いつでも本人です。外から押すための口実にしてはいけない。

やりたい側に必要な、ひとつの成熟

ここが、いちばん書きたいところです。

性的な強要は、力ずくのことだけを指すのではありません。
しつこく説得する。罪悪感を持たせる。ねだって粘る。
こうした、暴力ではない圧力も、強要に含まれます。

たとえ最後に相手が「いいよ」と言ったとしても、粘って折れさせたその「いいよ」は、本心からの同意とは別物です。
「断っても無駄だ」と諦めさせて引き出したものを、心からの同意とは呼べない。

だから、行動の基準はとてもシンプルにできます。
相手のNOや「保留」を、変えようとして働きかけ続けること――それ自体が、もうアウト。

では、やりたい側はどうすればいいのか。
我慢して飲み込む、のではありません。選択肢は3つあります。

  1. 保留を、保留のまま受け取る(次の章で書きます)
  2. 自分のなかで解決する(ひとりで楽しむ領域に振り分ける、など)
  3. 相手を変える方向でなく、自分の期待のほうを少し調整する

どれも「諦め」ではなく、相手を一人の人として扱う、ということです。

「保留」という、第三の答え

ズレを「やる/やらない」の二択にしないこと。
これがいちばんのコツです。

Yes・No・Maybeの3つのリストで言えば、ズレの多くは「No(絶対に嫌)」ではなく「Maybe(条件つき・いつかは・気分次第)」の箱に入ります。

今は無理でも、知識が増えたら。信頼が深まったら。
変わるかもしれないし、ずっと変わらないかもしれない。
どちらでもいい。

保留を「未来へのドアを閉めない置き方」として扱えると、ズレは争いになりません。
「今はやめておこう。でも、この話をしたこと自体は良かったね」――そこに着地できれば、それで十分成功です。
ふたりのあいだに「ここまで」と言える合図があると、その着地はもっと楽になります。

僕らの場合

正直に書くと、僕らにもこういうズレがあります。

僕がある行為に興味を持って、彼女に聞いてみたことがありました。
彼女の答えは、乗り気とはほど遠いものでした。
怖い、不安――そういうイメージが、先に立つようでした。

そこで僕がしたのは、引くことでした。
理由を一度だけ聞いて、「そっか」と受け取って、それ以上は持ち出していません。

不思議なもので、それで関係が物足りなくなることはありませんでした。
むしろ逆です。
「ちゃんと聞いてくれた」「無理強いしなかった」という小さな積み重ねが、ほかの場面での信頼に変わっていく。
安心して「嫌」と言える関係が、結果として「いいよ」を深くする――この実感は、本物だと思います。

委ねる・委ねられるという力のやりとりが成り立つのも、根っこに「この人は私のNOを守る」という信頼があるからこそ。
ひとつのNOを丁寧に受け取ることは、関係そのものへの投資です。

まとめ

  • 性の希望がズレるのは、関係の不具合ではなく、別々の人間である以上あたりまえのこと
  • 気づいたら、説得ではなく好奇心で「なぜ」を聞く
  • 「嫌」には誤解・嫌悪・無関心の3つがあり、どれかは本人にしか分からない
  • 知識で変わる余地はあっても、変えるかどうかを決めるのは、いつでも本人
  • NOや保留を、変えようと働きかけ続けること自体が、もう強要にあたる
  • やりたい側の成熟=保留を受け取る・自分で解決する・期待を調整する
  • 二択にせず、「保留」を未来へのドアとして置く

ズレは、ふたりが違う人間であることの証拠です。
それを力でそろえようとするか、対話で味わうか。
そこに、関係の成熟がいちばん出ると思います。

そして終わったあとは、どんな話をした夜でも、互いをいたわること。
踏み込んだ話をできたという事実そのものが、ふたりの財産ですから。

この記事を書いた人

「女の子にひどいことなんてできない」——そう思っていた僕が、彼女とSM・D/sを学んできた記録。合意と安全のことを、等身大で綴っています。

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