わざと反抗する楽しみ方――ブラットとブラットテイマー

サブミッシブ(受け手)と聞くと、素直に従う姿を思い浮かべるかもしれません。
命令されたら、はいと従う。尽くす。跪く。

でも、受け手の楽しみ方はそれだけじゃありません。
中には、わざと生意気に逆らって、相手に手を焼かせることを楽しむ人がいます。
今日は、そんな「ブラット」と、それを受けて立つ「ブラットテイマー」の話です。
タイプ名の早見表では一行で済ませたところを、ここでは中身まで開いていきます。

目次

ブラットってなに?

ブラット(brat)=直訳すると「やんちゃな子・生意気な子」。
BDSMの文脈では、あえて素直に従わない受け手を指します。
挑発したり、軽口を叩いたり、ちょっとした反抗を仕掛けたり。

ポイントは、「従いたくない」わけではない、ということ。
むしろ逆で、最終的には組み伏せてほしい
だからわざと隙を作る。挑発して、相手のスイッチを入れにいく。
言ってみれば、追いかけっこを仕掛ける側です。

ただ、望んでいるものは人によって少し違います。
組み伏せてほしい人もいれば、制圧まではいらなくて、真剣に向き合ってもらえれば足りる人もいる。

挑発のかたちは、思っているより地味なことが多いようです。

  • 命令に「えー」と返す。ため息をついてみせる
  • 言われたことを、わざと少しだけ違うやり方でやる
  • ちょっと遅れて動く。呼ばれてすぐ行かない
  • 「できるものならやってみなよ」と煽る
  • 逃げる、隠れる、手をすり抜ける

派手な反逆ではなくて、相手が気づくかどうかの、小さなほころびを置いていく感じ。
気づいてもらえないと意味がないので、ブラット側もちゃんと相手を見ています。

逃げる・すり抜けるを本気でやると、これは体を使う遊びになります。
夢中になっているあいだは痛みが遅れて届くので、ぶつけた・ひねったに、その場では気づかないことがある。
始める前に、ぶつかると痛い角と足元だけ片づけておく。押さえるときは、首と胸に体重を乗せない。
決めておくのはこれくらいで、あとで「あれ、ここ痛い」がだいぶ減ります。

ブラットテイマー=受けて立つ側

その反抗を受けて立つのが、ブラットテイマー(brat tamer=ブラットを手なずける人)

挑発をニヤリと受け止めて、「そう来るなら」と主導権を取り返す。
口答えには、ちょっとしたお仕置きで応える。
従順な受け手をやさしく導くのとは、また違う楽しさがあります。

手を焼かされる側の、楽しさの中身

わざわざ手のかかる相手を選ぶ理由は何なのか。
これは受け手側の心理ほど語られませんが、たぶんこのあたりです。

  • 挑発は、招待でもある。ちょっかいを出されるのは、自分が求められている合図。無視されるより、ずっといい
  • 予測がつかない。従順なやりとりが台本だとしたら、こちらは即興。相手が何を仕掛けてくるか分からないぶん、毎回ちがう
  • 勝ち取る感覚がある。最初から預けられるのではなく、じゃれ合いの果てに預けてもらう。同じ「委ねられる」でも、手触りが違います

受けて立つ側の、実際のさじ加減

ここがこの遊びのいちばん難しいところで、そして言葉にされにくいところでもあります。
コツというより、失敗しやすい順に並べるとこうなります。

0. 受けて立つ側も、この遊びに乗ると決めていること
挑発が成立するのは、相手がそれを楽しむと分かっているからです。
予告なしに始めれば、それはブラット遊びではなく、ただ相手の境界を踏んでいるだけになる。
「手を焼かせてみていい?」の一言を、先に。
リミットは受けて立つ側にもあります。どこまで挑発していいかも、先に決めておく側の話です。

1. 挑発に乗ることと、本気で怒ることは、まったく別
ブラットが引き出したいのは、相手の本気の不機嫌ではなく、余裕のある応答です。
むっとした顔で「いい加減にして」と言われた時点で、遊びは終わります。
受けて立つときの表情は、たぶん笑っているのが正解。

2. 全部に反応しない
仕掛けられたほころびを毎回律儀に拾うと、テンポが単調になります。
わざと聞こえないふりをする。次の挑発まで泳がせる。
拾わないことも、応答のひとつです。
ただ、泳がせが無視として届く相手もいます。見てはいるよ、が伝わる程度に。

3. 間を持てるかどうか
即座に押さえ込むより、少し待ったほうが効くことがあります。
「今、なんて言った?」と一拍置く。
相手が「あ、まずい」と気づく時間を渡すのが、この遊びの旨味だったりします。

4. お仕置きは、罰ではなく応答
ブラット遊びの「お仕置き」は、相手を正すためのものではありません。
むしろ相手が最初から欲しがっていたものを、求めに応じる形で渡している。
だから、こちらが怒りを晴らすための行為になった時点で、別のものに変わってしまいます。
ルールや罰をどう扱うかは、この線を踏まえて決めるほうが安全です。

5. 最後は必ず着地させる
じゃれ合いは、勝ち負けで終わらせない。
最後に「よくできました」に着地させると、褒めることで導くやり方と同じ回路に戻ってきます。

ブラット遊びの、一往復 勝ち負けではなく、行って戻ってくる形をしている 挑発する 小さなほころびを わざと置いていく 応答する 拾うか、あえて 泳がせるかを選ぶ 取り返す お仕置きは罰でなく 求められた応答 着地する よくできました に戻す どこかで受けて立つ側が本気で不機嫌になると、遊びはそこで終わる 挑発が引き出したいのは、怒りではなく「余裕のある応答」だから

なぜ逆らうのが楽しいのか

素直に従ったほうが楽なのに、なぜわざわざ逆らうのか。
理由はいくつかあります。

  • 「揺らがずに受け止めてほしい」を確かめられる。突っかかっても崩れずに受け止めてもらえると、「この人になら委ねて大丈夫」という安心が、毎回新しく確認できる
  • 甘えの一種。手を焼かせるのは、裏を返せば「もっとかまって」のサイン。注目を引く遊びでもある
  • 対等な手応え。一方的に従うより、丁々発止のやりとりのほうが、自分も主体的に参加している感覚が強い

従順型が「明け渡しの心地よさ」だとしたら、ブラットは「じゃれ合いながら、最後に委ねる心地よさ」。
向かうゴール(委ねる・委ねられる)は同じでも、たどり方が違うんです。
委ねることは受け身じゃないという話は、ブラット型でもそのまま当てはまります。

この遊びが壊れるとき

うまくいっている時の話ばかりしても仕方がないので、崩れ方も書いておきます。

受けて立つ側が、本気で不機嫌になる。
いちばん多い壊れ方だと思います。
挑発は相手の余裕を前提にしているので、余裕がない日にやられると、ただの反抗として処理してしまう。
疲れている日は、この遊びには向きません。

お仕置きが、人格否定に滑る。
これは危ないほうの壊れ方です。
「そういうことをするのはよくない」と、行為について言っているうちは遊びの範囲。
けれど「お前はそういうやつだ」と、人そのものへの評価に変わった瞬間、遊びではなくなります。
同じ言葉づかいでも、行為に向いているのか、人格に向いているのかで、着地点がまったく違う。

お仕置きの言葉は、どこへ向いているか 同じ口調でも、向き先が違えば別のものになる 行為に向く 「今のはよくないな」 「もう一回やり直し」 直せることを指している=遊びの範囲 人格に向く 「お前はそういうやつだ」 「いつもそうだよね」 直せないものを指している=遊びの外 後者は、その場では通っても、あとから効いてくる

挑発が、試すことに変わる。
「どこまでなら怒らないか」を確かめる方向に進むと、遊びの顔をした不安の確認になっていきます。
そうなったら、遊びの中で解決しないほうがいい。服を着て話す領域です。

いちばん大事な線引き――遊びの抵抗と、本気の拒否は違う

ここは、安全に直結するので、はっきり書きます。
ブラットの「いやだ」「やめてよ」は、本気の拒否と、まったく同じ言葉です。

遊びの抵抗として使うと決めてあっても、目の前のその一言が演技なのか本気なのかは、聞いただけでは分かりません。
同じ単語が「続けて」から「今すぐ止まって」までの全部を担っているからです。
口調や表情で見分けられると思っているうちが、いちばん危ない。

だから「ブラットのやめては本気じゃない」と決め打ちしないこと。
判別はあきらめて、演技の外に置いた合図だけを、止める信号にする
それがこの遊びの前提です。

口がふさがっていたり、声を出しにくい体勢でやるなら、言葉によらない合図も先に決めておくほうが安心です。

挑発は遊びでも、本気のNoはいつでも絶対
この土台があるからこそ、安心して反抗ごっこができます。
土台のないままやると、これは反抗ごっこではなく、本気の「やめて」を踏み越えてしまう遊びになります。

従順型と、どっちがいい話じゃない

念のため。
ブラットと従順、どちらが上ということはありません。
ラベルは判決ではなく地図で、同じ「委ねる」でも、たどり方が違うだけです。

しかも、人は固定されません。
ふだんは素直なのに、たまに生意気になりたい日もある。
気分や相手によって、揺れていい。
「うちはどっち寄りかな」と眺めるくらいが、ちょうどいいと思います。

僕らの場合

うちは、ブラット型ではありません。
彼女は、どちらかというと褒められて伸びる素直なタイプで、挑発して組み合うより、やさしく導かれるほうがしっくりくる感じです。

罰やペナルティの取り決めも、うちにはありません。
話し合ったことすらなくて、理由は単純に、関係がソフトだからだと思います。
それでも、ちゃんと成り立っています。

ただ、線そのものは実地で分かってきました。
プレイの中での軽い叱りは、うちではむしろ歓迎されます
その一方で、人格を否定する言い方は、今でもはっきり地雷です。
やってみて分かったというより、やらないほうがいいと分かる出来事が何度かあって、そこで線が引かれた感じ。
さっき書いた「行為に向くか、人格に向くか」は、その時の経験からきています。

そのうえで、こういう遊びがあるらしい、というのは知りました。
わざと小さなルールを破って、お仕置きを引き出す。ブラットのいちばん手前にある形だと思います。
ただ、これは仕掛ける側が受け手なので、僕が「やってみよう」と決められる遊びではありません。
彼女がそういう気分の日が来たら、そのとき初めて成立するもの。
だから今は、そういう扉もあると知っているだけで十分だと思っています。
やさしく導いて、褒めて着地させる。今のやり方が、僕らにはいちばんしっくりきているので。

もしその日が来たら、線引き(本気のNoは別に確保しておく)を、ふだん以上にきっちり敷いてから。
そして終わったあとのケアも忘れずに。
反抗ごっこほど、最後はやさしく着地させたいですから。

まとめ

  • ブラット=わざと逆らって手を焼かせ、最後は組み伏せてほしい受け手。ブラットテイマー=それを受けて立つ側
  • 逆らう楽しさの中身=揺らがずに受け止めてほしい確認・甘え・対等な手応え。ゴール(委ねる)は従順型と同じ
  • 受けて立つ側のさじ加減=挑発に乗ることと本気で怒ることは別。全部拾わない。お仕置きは罰ではなく応答
  • 壊れ方は三つ=受けて立つ側の余裕切れ・人格否定への滑り・試す方向への変質
  • 最重要:遊びの抵抗と本気の拒否は別物セーフワードとハードリミットは演技の外に必ず確保する
  • 従順型と優劣はない。日によって、なりたい自分は変わっていい

逆らうのも、委ねるのも、根っこは同じ。
「この人になら、最後は預けて大丈夫」。それを確かめ合う、ちょっとやんちゃな方法のひとつです。

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