AVでは定番でも、ふたりの現実では割に合わない――演出と本番は別もの

作品の中ではすごく良さそうに見えたのに、いざふたりで近いことをやってみたら、「あれ? こんなはずじゃ」となる。
そういう経験、ありませんか。

真似ると危ない行為の話は別の記事に書きました。
今日はそれとは少し違う角度で、危険というわけではないけれど、現実では割に合いにくい演出の話をします。
そして、その裏返しで——AVがほとんど映さない、現実でいちばん効くものの話を。

目次

AVは「観るための作品」として設計されている

まず大前提から。
作品の中の行為は、観ている人が興奮するように最適化されています。
カメラに映える角度、わかりやすい反応、テンポよく進む展開。
それは「ふたりが気持ちよくなるための設計」とは、そもそも目的が違う。

だから、見た目をそのまま持ち込むと、こういうズレが起きます。

映えるように作られたものを、満足のために再現しようとすると、割に合わないことがある。

「割に合わない」というのは、危ないという意味ではありません。
かける労力や相手の負担に対して、返ってくる気持ちよさが薄い——そういう意味です。

割に合いにくい、代表的な演出

ここからは、僕らが「やってみて、なるほど作品とは違うな」と感じたものを中心に挙げます。
あくまで一例で、「これは絶対だめ」という話ではありません。合うカップルもいます。

  • 長時間・激しさの出しっぱなし——作品は短い撮影を編集でつないでいるので、ずっと激しいように見えます。でも現実で同じテンションを続けると、たいてい途中で疲れて、集中が切れて、翌日に響く。なお、強さや長さをどんどん上げていく方向は、満足以前に安全の話なのでそちらに譲ります。ここで言いたいのは、それ抜きでも強さよりも、緩急のほうが効くという実感です
  • 大げさな絶頂の演技・すぐイく展開——作品の反応は「わかりやすさ」のための演出です。これを基準にすると、受ける側が「同じように反応しなきゃ」と演技のプレッシャーを抱えてしまう。現実の身体は、もっと気分や時間に左右されます。反応を演じさせるより、本当のところを言える空気のほうが、結局ずっといい
  • 過激な言葉責め・辱めの演出——作品では刺激的に映りますが、現実では信頼の下地と終わったあとのフォローがないと、ただ気まずさだけが残ります。言葉で攻めるなら、まず信頼と褒めが土台。そこを飛ばして強い言葉だけ真似ても、まず割に合いません
  • 道具やシチュエーションの「とりあえず全部盛り」——作品は画を持たせるために色々出てきます。でも現実は、ひとつのことを丁寧にやったほうが、たいてい満足が深い

共通しているのは、作品が「結果の見た目」を見せているだけだということ。
そこに至る準備や、ふたりのあいだの空気は、映りません。

AVが映さない、現実でいちばん効くもの

ここがこの記事の本題です。
割に合う・合わないを分けているのは、たいてい作品に映らない部分のほうにあります。

  • 前後の時間——作品はいいところから始まって、終わったらすぐ切れます。でも現実は、温める時間と、終わったあとのケアこそが満足を左右します
  • 会話——「今どう?」「もっと?」をやりとりできるかどうか。緑=もっと、を言える合図があるだけで、推測でなく確かめながら進めます
  • 緩急——ずっと強いより、強弱の波があるほうが、身体はちゃんとついてくる
  • その人の好み——作品の「正解」より、目の前の相手が何で感じるか。それは作品には載っていません

作品が見せてくれない、この地味な部分。
ここに手をかけるほうが、派手な演出を再現するよりずっと「割に合う」。
これは、やってみるほど実感が深まりました。

でも、AVが悪いわけじゃない

作品を否定したいわけではまったくありません。
「こういうの、いいな」と気分を高める入口としては、とても優秀です。

大事なのは使い分けで、演出は気分の参考まで、やり方と満足は現実で別に組み立てる。
ふたりで一緒に観て好みを探るのも、耳で気分を作るのも、すてきな使い方です。
入口として楽しんで、再現の答え合わせは作品に求めない。それだけで、がっかりはぐっと減ります。

僕らの場合

僕らも、作品で見て「これやってみたい」と思ったことは何度もあります。
そして、そのうちのいくつかは、実際にやってみて「思ったほどじゃないな」と静かに棚に戻しました。
危なかったからではなく、手間のわりに、ふたりとも乗り切れなかったから。

おもしろいのは、棚に戻すたびに、残ったものがはっきりしてくることです。
派手な行為より、ちょっとした緩急や、終わったあとにくっついている時間のほうが、僕らにはずっと効く。
「やってみて、合わなければ戻す」を繰り返すうちに、作品の真似ではない、自分たちのやり方が少しずつ形になってきました。
AVは、その「やってみたい」のきっかけはくれる。でも答えは、いつもふたりの側にありました。

まとめ

  • AVは観るための作品=映えるように設計されている。満足のための設計とは目的が違う
  • 「割に合わない」=危険ではなくても、労力や相手の負担に対して気持ちよさが薄い演出がある
  • 長時間の出しっぱなし・絶頂の演技・過激な言葉だけの再現は、割に合いにくい
  • 現実で効くのは、作品が映さない部分——前後の時間・会話・緩急・その人の好み
  • AVは否定しない。気分の入口まで。やり方と満足は現実で別に組み立てる

「作品みたいにならない」のは、ふたりが下手だからではありません。
そもそも、作品はそういうふうに作られていないだけ。
真似ることより、目の前の相手で答え合わせをすること——そっちのほうが、ずっと割に合います。

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