「飛ぶ」という言葉は、たいてい委ねる側――サブのものとして語られます。
痛みが快感に変わって、言葉が出なくなって、ふわふわとどこかへ行ってしまう。
あの状態のことです(くわしくはサブスペース・ドムスペースとはに書きました)。
でも、攻める側にも、よく似た「飛ぶ」があります。
ドムスペース(domspace)。トップスペースとも呼ばれる、攻め手側の没入状態です。
僕は最初、これを「サブと同じものの攻め側版」だと思っていました。
ところが、実際に入ってみると、ずいぶん違う。
むしろ、向きが逆なんです。
サブとは「逆向き」に飛ぶ
サブスペースが、思考が溶けて、判断がぼやけて、ゆるんでいく方向だとすると、ドムスペースはその逆です。
ぼやけるんじゃなくて、研ぎ澄まされる。
僕が調べた範囲でも、英語圏のBDSMコミュニティではドムスペースを「laser-focused(焦点が絞られる)」「heightened awareness(感覚が鋭くなる)」といった言葉で説明していました。
相手の呼吸、肌の温度、ほんのわずかな声の揺れ。ふだんなら見落とすものが、やけにはっきり拾える。
視界が相手ひとりに絞られて、世界からノイズが消えていく感じです。
そこに、静かな高揚が乗ってきます。
冷静なのに、高ぶっている。
この「冷静なのに高ぶる」という妙な同居が、ドムスペースの真ん中にあるものだと思います。
僕の場合は、時間の感覚も曖昧になりました。
気づいたらずいぶん経っていた、ということがある。
ただ、これはサブスペースの「時間が溶ける」とは少し質が違って、没頭しきっているから結果的に時間を忘れている――フロー、いわゆる「ゾーンに入る」のあれに近い感覚でした。
(このあたりは人によって幅があるはずなので、「僕らはこうだった」くらいに読んでください。)
体の中で何が起きているのか――正直に言うと、まだよく分かっていない
サブスペースのときと同じように、攻め手側でも脳内物質が動いているのだろう、とは考えられています。
ドーパミンに、アドレナリン、エンドルフィン。報酬と覚醒と多幸感をもたらす、あのサブスペース側で書いたカクテルが、攻め手側でも全能感や高揚を作っている――そういう説明をよく見かけます。
ただ、これも仮説の域を出ません。
ここは正直に書いておきたいところがあります。
ドムスペースは、サブスペースほど解明されていません。
サブスペースのほうは研究も解説も積み上がっているのに対して、攻め手側の「飛ぶ」については、まだ語られている量そのものが少ない。
だから僕も、ここで「こういう物質が出るから飛べるんです」と断定するつもりはありません。
フロー状態の研究と地続きで考えると説明はつきそうだ、という程度。
分かっていないことを分かっているふりで埋めるのは、このサイトでいちばんしたくないことなので、そこは正直に。
いちばん大事な誤解――「飛んでたから、つい」は通らない
ここからが、安全のために本当に書きたかったところです。
ドムスペースには、危なっかしい誤解がひとつ、ついて回ります。
「攻め手も飛ぶ=攻め手も判断力が下がる」という理解です。
これは、半分しか合っていません。
ドムスペースは、本来は観察力が上がる状態です。
さっき書いたとおり、相手がよく見える方向に研ぎ澄まされる。
だから「飛んだら判断できなくなる」わけではない。
危ないのは、その没入が一線を越えて、夢中になりすぎて加減と相手の限界を見失うほうへ転んだときです。
集中が、暴走に変わる瞬間。
つまり問題は「判断力が落ちる」ことじゃなくて、没入が深まるほど、観察というブレーキを意識して握り続けていないと、するっと暴走側へ滑ってしまう、という構造のほうにあります。
しかも、ここで受け手側のことを思い出してください。
サブスペースに入った相手は、痛みと限界を感じにくくなっていて、深いとセーフワードすら言えなくなる。
受け手は限界に気づきにくく、攻め手は高揚で「もう少し」が出やすい。
両側から、ブレーキがゆるむ方向に力がかかっている。これがいちばん怖い。
だからこそ、合図ややらないことリストを「冷静なうちに」決めておくことに意味があります。
プレイの最中は、ふたりとも、いつものふたりじゃない。
だったら、判断の一部はプレイ前の冷静な自分に外注しておく。
事前のルールって、要するにそういう仕組みなんだと思います。
そしてもうひとつ、自分に強く言い聞かせていること。
「飛んでたから、つい加減を間違えた」は、言い訳にしない。
ドムスペースは酔っぱらいとは違います。判断を免除してくれる魔法じゃなくて、むしろふだん以上に「いま・ここ」で相手を見ていることを要求してくる状態です。
委ねてもらうというのは、その人の安全を預かるということ。
その重さは、飛んでいても変わらない(この「預かる」感覚についてはパワーエクスチェンジとはに書きました)。
攻める側にも、ドロップが来る
意外と知られていないのが、ここです。
プレイのあと、攻め手側にも反動が来ることがあります。
ドムドロップ(dom drop)。
サブ側のドロップの、攻め手版です。
症状は、虚脱感だったり、妙な空虚さだったり、「さっきのは、やりすぎたんじゃないか」という後追いの不安だったり。
気持ちがフラットになって、何も感じなくなることもある。
サブ側のドロップが鎮痛物質の急降下から来るのに対して、攻め手側のそれには、もうひとつ別の成分が混じっている気がします。
プレイのあいだ、相手の心と体の安全をぜんぶ背負っていた、その緊張の反動です。
張りつめていた糸が、終わってふっと切れる。だから攻め手のドロップは、「罪悪感」や「自己嫌悪」の形をとりやすい。
やっかいなのは、すぐ来るとは限らないこと。
その日はむしろ妙に高揚していたのに、半日から数日して急にずしんと来る、ということがあります。
終わった直後ほど調子がよかったぶん、あとで落ちる。そういう順番のこともあるんです。
ケアの中身は、サブ側とそんなに変わりません。
ちゃんと食べて、水を飲んで、体をあたためて、少し散歩でもして、いつもの自分に戻る。
そして、ひとりで抱え込まないこと。
(ドロップそのものの仕組みとケアはサブドロップ・ドムドロップとはにまとめてあります。)
ここでひとつ、どうしても言っておきたいことがあります。
アフターケアって、つい「飛んだ受け手をケアするもの」だと思われがちです。
でも、ケアする側も、ケアされていい。
攻め手はケアする役だから自分は大丈夫、と踏ん張りすぎると、ドロップを見逃します。
「今日はちょっと飛ばしすぎたかも」と思った夜は、相手を落ち着かせたあとで、自分のことも少し気にかけてあげてください。
僕はサービス・ドムに近いので、放っておくと自分のケアは後回しにしがちで、ここはいまだに意識して直しているところです。
飛ぶこと自体は、目的じゃない
最後に、ひとつ。
ここまで書いておいてなんですが、ドムスペースに入ること自体は、目的ではありません。
毎回飛べるわけでもないし、飛べたから良いプレイ、飛べないからダメなプレイ、でもない。
「うまく飛べない自分は未熟なのかな」なんて、思わなくて大丈夫です。
相手をちゃんと見て、合意の中で、ふたりが満たされる。それが先にあって、没入はそのおまけみたいなものだと思っています。
ただ、自分の中でこういう状態が起きるんだと知っておくと、扱いやすくはなります。
高ぶっている自分に気づける。だから、ブレーキも握れる。
終わったあとに落ちる自分も、責めずに受け止められる。
アフターケアの話と同じで、これも結局、自分と相手の状態を知っているほど、安心して深く潜れるという話なのだと思います。
まとめ
- ドムスペース=攻め手側の没入状態。サブと違い、思考が溶けるのではなく研ぎ澄まされ、冷静なのに高ぶる方向に飛ぶ
- 生理学的にはサブと同じ脳内物質の関与が考えられるが、サブほど解明されていない。断定はしない
- 危ないのは「判断力が落ちる」ことより、没入が深まると観察ブレーキを手放しやすくなること。受け手は限界に気づきにくく、攻め手は「もう少し」が出やすい=両側からブレーキがゆるむ
- だから合図・やらないことは冷静なうちに決める。「飛んでたから、つい」は言い訳にしない
- 攻め手にもドムドロップが来る(虚脱・自己嫌悪・やりすぎ不安、数時間〜数日遅れて)。ケアする側も、ケアされていい
- 飛ぶこと自体は目的ではない。状態を知っておくほど、安心して深く潜れる

