今日は、ちょっと地味な――でも僕らにとっては、わりと大きかった「髪」の話を書きます。
前に書いたきっかけの話のように、劇的な事件があったわけじゃありません。
ほんの小さな、親切から始まった話です。
始まりは、ただの親切だった
口でしてもらうとき、髪が邪魔になることがあります。
唾液がついたり、口に入ったりする。
だから最初は、やりやすいように、僕が手で髪を耳にかけてあげたり、指で横に避けてあげたりしていました。
本当に、それだけ。気遣いというより、ただの作業みたいなものでした。
「どけてあげる手」が、「まとめて掴む手」になった
それがいつからか、耳にかけるんじゃなくて、後頭部でひとまとめにして掴むようになりました。
片手で握って、邪魔にならないように持っておく。
最初は、やっぱり「どけてあげる」つもりだったんです。
でも――どこかで、その手の意味が変わっていました。
髪をどけてあげる手と、髪を掴んで支える手と、髪を握って動かす手は、地続きでした。
正直に言うと、自分でもどっちなのか分からなかった。
これはやさしさなのか、それとも、僕の中の何かが顔を出しはじめたのか。
だから、訊いてみた
ある時、ちゃんと訊きました。
「髪、触られたり掴まれたりするの、嫌じゃない?」
返ってきたのは、こうでした。
「ううん。もっとしてほしい。なんなら、掴んだりしてほしい」
許可、というより、おねだりでした。
このひと言で、何かのスイッチが入った気がします。
彼女の中の「押さえつけられたい」という気持ちも、たぶんこのあたりで目を覚ました。
「支配されたい」の正体に書いたような、「されるがままになりたい」という願いです。
やさしさと支配は、同じ軸の上にあった
昔の僕は、やさしさと乱暴を正反対のものだと思っていました。
でも、同じ行為でもスタンスで真逆になるという話をこのサイトで書いてきて、今ははっきり思います。
彼女の身体を「整えてあげる」ことは、思いやりであると同時に、小さな「管理」でもある。
普段の生活で「頭撫でて」と甘えてくる彼女と、ベッドで髪を掴まれて嬉しそうにする彼女は、別人じゃない。
「委ねたい・世話されたい」という同じ軸の、つまみを上げ下げしているだけなんだと思います。
彼女に「何が嬉しいの」と聞くと、こう言います。
僕が気持ちよくなれるように奉仕できるのが嬉しい。
そして、普段は遠慮がちな僕が、自分本位に求めてくるのが嬉しい、と。
これは僕にとっても発見でした。
僕はどちらかというと尽くすタイプの支配で、遠慮しがちです。
その僕が「遠慮を捨てて、受け取る・求める」側になること――それ自体が、奉仕したい彼女への贈り物になっていた。
与え合うだけだった僕らが、「片方が遠慮なく受け取る」を覚えた、という話でもあります。
安全の話を、必ずセットで
ここから先は、この行為を「ギフト」にするか「ただの乱暴」にするかを分ける、いちばん大事なところです。
口でしてもらっているとき、彼女は声が出せません。
苦しい、やめて、を言葉にできない。
だから僕らは、合図をタップにしています。手で僕を叩く。それが「ストップ」。
声が出せない時のセーフワードに書いたとおりで、攻める側の僕は、その手がいつでも見える・感じられる位置にあるように気をつけています。
それに、タップは「苦しくなってからの合図」です。
だから、口の奥を深く塞ぎ続けないこと、鼻で呼吸できる状態を保つこと――その余裕は、合図のずっと手前で確保しておくものだと思っています。
それから、強さをあらかじめ決め打ちしません。毎回、その日その時の様子を見て加減します。
人はいつも同じコンディションじゃない。観察してあげることが、いちばん大事だと思っています。
掴み方にもコツがあります。
根元を面で掴むこと。数本だけを引っ張ると、頭皮を痛めるし切れやすい。
大きく束ねて握るほうが、力が分散して安全です。
掴む位置は後頭部からうなじのあたり。
急にガクンと引かない。
とくに後ろからのとき、突き込みと髪を引くのを同時に最大化すると、首に負担がかかります。そこは慎重に。
そして、激しくした日ほど、終わったあとを丁寧に。
アフターケアは、乱暴さとセットで初めて成立します。
これはDVじゃない、という線
念のため、はっきり書いておきます。
合意なく髪を引けば、それはただの暴力です。
でも、事前に話して、望まれて、様子を見ながらするなら、それは演出であり、ふたりのギフトになる。
同じ動作でも、合意と観察があるかどうかで、まったくの別物です。
この線は、絶対に曖昧にしたくない。
「NG行為」と言われても
ネットには「彼女にしてはいけないNG行為」みたいなまとめがたくさんあって、髪を引っ張るのは、たいていそこに入っています。
昔の僕も、完全に同感でした。「女の子にひどいことなんてできない」側の人間でしたから。
でも今は、こう思います。
その手のまとめは、「合意なし」を前提にした話なんです。
「本当に嫌なのか、それとも言い出せないだけで本当は望んでいるのか」を、確かめていない。
答えは「禁止」じゃなくて、「会話」のほうにある。
調べてみると、押さえつけられたい・されるがままになりたいといった「空想」は、ぜんぜん珍しいものではないようです。
調査によっては、女性の半数前後がそうした空想を持つ、というものもあります。
もちろん「みんなそう」ではないし、空想と、実際にしてほしいことは、また別の話。人によって、まったく違う。
だからこそ、決めつけずに訊く。 それが全部です。
おわりに
もし、あなたや、あなたの相手がこういうことを望むとしても、それはおかしなことじゃありません。
変なのは、望みそのものじゃなくて、合意と思いやりを飛ばすことのほうです。
髪をどけてあげた、あのやさしい手が、今は掴む手になりました。
でも、根っこは同じだと思っています。
――彼女を大事にしたい、という手です。

