僕らのプレイには、ときどき「叱る」場面があります。
といっても、本気で怒るわけじゃありません。
役割の中での、ちょっとした叱り。
最初は、これにすごく抵抗がありました。
叱るのが、怖かった
僕はもともと、人を責めるのが苦手です。
女の子を叱るなんて、考えただけで申し訳なくなる。
だからプレイの中でも、どこか及び腰でした。
でも、ある夜のこと。
彼女が、我慢を命じるプレイの最中に、こらえきれず言いつけを守れなかったことがありました。
僕が軽く叱ったんです。「だめでしょ」って、頬にそっと手をあてて。
彼女は、苦しそうな顔をしていました。
でも「ごめんなさい」と言うその声には、責められていること自体を喜んでいるような響きが混じっていて、嬉しそうだった。
「もっと強く」の意味
正直、最初は意味が分かりませんでした。
叱られて、なんで嬉しいんだろう、と。
でも、だんだん見えてきました。
彼女にとって叱られることは、「ちゃんと見てもらえている」「構ってもらえている」ことの証だったんです。
無関心の、反対。
彼女が「もっと強く」と言うとき、本当に求めているのは痛みそのものじゃなくて、その奥にある”関心”のほうでした。
これは、僕の中の抵抗をずいぶん軽くしてくれました。
叱るのは、突き放すことじゃない。むしろ、深く構うことだったんだ、と。
でも、越えてはいけない線がある
ここははっきり書いておきたいところです。
「叱る」のがOKだからといって、何を言ってもいいわけじゃありません。
彼女が喜ぶのは、役割の中の軽い叱り。
逆に、人格や能力そのものを否定する言葉――「なんでこんなこともできないの」みたいなもの――は、彼女にとって本気の地雷です。
この線引きは、二人にとってすごく大事でした。
叱りは、構うため。否定は、傷つけるだけ。
同じ「強い言葉」に見えて、向いている方向が正反対なんです。
(僕らが選んでいる、褒めて導くやり方は「罵らない言葉責め――「褒めて支配する」という選択肢」に書きました。)
ひとつ安全のことも。
叩く強さは、いきなり上げません。
少しずつ積み重ねて、彼女の「いいよ」があって初めて成立しています。そこは外せない前提です。
叱った後は、必ず
そして、いちばん大事なこと。
叱ったあとは、必ず抱きしめます。
役割の中で厳しくした分、終わったら、その何倍も優しくする。
「さっきのは役割だよ。本当の君は、何も悪くないからね」。
言葉と、体温で、ちゃんと伝える。
叱って、構って、最後に抱きしめる。
この一連がそろって初めて、あの「叱り」は、彼女にとって安心して飛び込める遊びになるんだと思います。

