首輪をつけた夜のことを、僕はたぶん、ずっと覚えていると思います。
その日は、特別なことをするつもりはありませんでした。
いつも通りに二人で過ごして、いつもの流れになって。ただ僕には、こっそり用意していたものがありました。
「ちょっと待って。実は、買っておいたものがあって」。
そう言って取り出したのが、通販で頼んだ首輪とリードです。手枷と目隠しも一緒に。
前から「こういうの、つけてみたいね」という話は、軽くしていました。
だから彼女は、引くでもなく、どちらかというとプレゼントをもらったときみたいに喜んでくれた。「本当に買ったんだ」と笑いながら。
そこから首輪をつけるまでは、すごく楽しい雰囲気でした。「これすごいね」「ここ、こうなってるんだ」と、二人で広げてはしゃいで。正直、半分はおもちゃで遊ぶような、ふざけた空気だったと思います。
(そもそも僕らがどうやってSMを始めたのかは「僕らがSMを始めたきっかけ」に書きました。これは、その流れの中の「首輪をつけた夜」だけを、もう少し掘り下げた話です。)
女の子に、ひどいことができない僕
先に正直なことを書いておきます。
僕はずっと、女の子にひどいことができない人間でした。
強く当たるのも、命令するのも、どこか申し訳なくて、いつも一歩引いてしまう。
彼女が「もっとしてほしい」と言ってくれても、頭のどこかで「やりすぎていないか」とブレーキを踏んでいる。
それが悪いとは思いません。でも、彼女が望むものに、うまく応えきれない歯がゆさもありました。
その夜も、たぶん同じになるはずでした。
首輪なんて、半分はノリで買ったようなものだったから。
つけた瞬間、何かが変わった
ところが、彼女の首に首輪をつけた瞬間、何かが変わったんです。
うまく説明できないんだけど――「今は、いつもの僕らじゃない」という感覚が、すっと二人のあいだに降りてきた。
首輪はただの革の輪っかなのに、つけた途端、それが「ここからは役割の時間」という合図になった。
いつもは引いてしまう僕の遠慮が、その夜だけ、ふっと軽くなったんです。
そこから先のことは、あまり具体的には書きません。
ただ、いつもより少しだけ僕が主導権を持って、彼女もいつもより素直で。
普段はしないような遊びもしました。
言葉にすると気恥ずかしいけれど、その夜の二人は、これまででいちばん近くにいた気がします。
不思議だったのは、道具がなくてもできたこと
あとから考えて、不思議だったことがあります。
やっていること自体は、首輪がなくてもできることばかりだった、ということ。
主導権を持つのも、彼女をリードするのも、道具がなくたって成立する。
それなのに、首輪という「合図」が一つあるだけで、二人とも役割に入りやすくなった。
これはたぶん、首輪が僕にとっての「許可証」だったからだと思います。
「今からは、いつもの優しいだけの二人じゃなくていい」。
その許可を、首輪が出してくれた。
同じ行為でも、僕の中で意味が変わったんです。
首輪そのものの意味については、もう少し落ち着いて考えたことを「首輪の意味――つけた瞬間、ふたりの時間が始まる」に書きました。よかったらそちらも。
道具ではなく、合図を手に入れた
首輪をつけたあの夜から、僕らの「役割の時間」には、ゆるやかな始まりの合図ができました。
つける、外す。それだけで、日常とプレイのあいだに、やわらかい境界線が引ける。
だから今になって思うのは、あれは道具を買った夜というより、二人だけの合図を一つ手に入れた夜だったな、ということです。
女の子にひどいことができない僕は、今もそのままです。
でも、首輪をつけているあいだだけは、彼女の「もっと」に、ちゃんと応えられる気がしています。

